「LeanとDevOpsの科学[Accelerate] テクノロジーの戦略的活用が組織変革を加速する」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-7です。 adventar.org

day-7は「LeanとDevOpsの科学[Accelerate] テクノロジーの戦略的活用が組織変革を加速する」です。

どんな本

リーンシンキングをベースとして、「高パフォーマンスな組織とはどういうものか、何ができているのか」について考察と提言をしている本です。
本文に入る前に設けられているクイックリファレンスの表現を借りれば、"ソフトウェアデリバリのパフォーマンスを改善する効果の高いケイパビリティを24個特定できた”としており、それらを5つのカテゴリに分類しています。

  1. 継続的デリバリの促進効果が高いケイパビリティ
  2. アーキテクチャ関連のケイパビリティ
  3. 製品・プロセス関連のケイパビリティ
  4. リーン思考に即した管理・監視に係るケイパビリティ
  5. 組織文化に関わるケイパビリティ

(例えば、書籍「プロダクトマネジメント」で語られているような)マーケットにおいて高価値性を発揮するプロダクトを発見し開発するには?といった話まではスコープではないかも知れませんが、ソフトウェアデリバリ(平たく言ってしまえば「素早い開発、高頻度なデプロイ」のようなもの)が「成功する組織」の鍵になっているものと捉えて、その実践方法を紐解いていきます。

その上で、「生産性を計測するメトリクスとは」を探り、「ハイパフォーマンスな組織とローパフォーマンスな組織の生産性(≒競争力)の開き」を暴き、そして「組織文化」「マネジメント/プロセス」「技術プラクティス」といった多角的な観点で「成功の秘訣」を扱っていきます。

本書の特徴としては、徹底的な「エビデンスありき」な点が挙げられると思います。
"ソフトウェアの開発とデリバリを高速化し、ひいては組織全体への価値提供をも高速化する効果が高いのは、どのようなプラクティスとケイパビリティなのか"という研究をした結果を基にしたものであるとし、その研究は”寒冷上、学問の世界でしか用いられてこなかった厳格な研究方法を用い、結果を産業界にも公表することで、ソフトウェアの開発とデリバリの状況を改善すること”に目的があったとしています。
(いずれも「はじめに」より)

加えて、「本研究の動機」については、”ハイパフォーマンスな技術系組織を生み出す要因は何か」「ソフトウェアは組織をどのような形で改善しうるのか」を解明するためであるとしています。
この「ハイパフォーマンス」のベースがリーン思考にあり、すなわち「フロー効率を高める」「価値(マーケットにデリバリをする)に直結する活動を増やす」といったものを「正」としているという事になります。

第1部で研究結果と考察を、第2部ではその研究自体の調査・分析手法に関する解説、第3部では取り上げたケイパビリティのもたらす効果に関するケーススタディという構成になっています。

最近は紙書籍を読む時は付箋を使って見るようになったのですが、かなり貼りまくりな形になりましたw
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お気に入りポイントかいつまみ

ケイパビリティ

「どう測るか、どう伸ばすか」に徹底的に拘っているのが本書ですが、その鍵になる=観察対象とすべきは「ケイパビリティだ」ということを述べています。

すなわち「計測して、変革して、結果を出す」ことが必要になるわけですが、その計測・評価については「成熟モデルではなくケイパビリティモデルを用いるべき」とのことです。
これらは第1章1節にて述べられています。

成熟度モデルでは「特定の成熟段階に達成すること」が目的とされており、また各段階において取り入れるべきソリューション(テクノロジー、プラクティス、ケイパビリティ)が提案される・・しかし、それは過度なモデル化のような弊害を呈しており、非現実的であるとしてきしています。
ケイパビリティモデルは、より流動的な状況を想定します。「特定のケイパビリティが、組織の改善にどのように貢献しているか」を評価しながら、特定地点への到達よりも「更に効果を出すこと」を目的としており、企業や組織の状況に応じたアプローチの採用と重視すべきケイパビリティの剪定を伴うことが可能です。

「過去のプラクティスを重視する」のはクネビンフレームワークで言うところの安定が優位な世界(右側の象限)に当てはまると思います。本書の説明するところの成熟度モデルは、これらに当てはまるように感じられ、他方のケイパビリティモデルはより「探索的」なアクションを促すのかな?と感じました。

ケイパビリティとはなにか?について、一言ではなかなか掴みにくい感じもありますが、本書を通じて「ケイパビリティこそ向き合うべき」という感覚は味わえるのではないかと思います。

4つのキーメトリクス

「デリバリに関するパフォーマンスを定量化する」というのはとても野心的な目論見に感じます。しかも、シンプルで少ないメトリクスで測れるものなのか・・?
それをやり遂げたのが、本書の最も価値の高いポイントの1つであると思います。

第2章2節においてとりあげられています。(ずっとこの辺りの話は出てくるけど、最初に概説されるのがこの部分)

たとえば「コード量」が「生産性」として用いられれば「ムダに長いコード」ができますし、「クローズしたチケット数」だけを取ると「バグだらけでもマージする」といった反作用をもたらしかねません。
こうした点も考慮しつつ、以下の4つの項目がキーメトリクスになると結論づけています。

  1. リードタイム
  2. デプロイの頻度
  3. 平均修復時間
  4. 変更失敗率

リードタイムについては、リーンでやっていれば欠かせない観点になると思います。
また、デプロイの頻度についても「バッチサイズ」として捉えることができるとリーン思考の最重要観点であるというのは同意できるはずです。「デプロイ=バッチなのか?」を成立させている根拠は、「バッチサイズを小さくすることで、フロー改善・安定とフィードバックの高速化が得られる」ことから代替的に利用可能なものとされています。工業製品と違って「1度に出荷できる量」という概念こそ存在しないものの、デプロイであれば「出荷」でありながら計測の容易性も担保できるのです。

MTTRについては、「複雑化した原題のソフトウェアに置いて欠陥を出さないことは難しい」とした上で、「組織は、故障が発生した後の対応力・機動性を高める必要がある」という意味合いで重要視しています。
かといって、故障の数が増えれば対応コストが上がる事は免れません。非付加価値活動にコストを割くことは、リーンではないでしょう。そのために変更失敗率=プラスの価値活動に対するマイナスの活動の割合、というのも最重要項目の1つになる、とのことです。

これらのメトリクスを基にして「パフォーマンスの高い/低い組織」というのを炙り出すことができます。
その結果が本書にて紹介されていますが、定量化された数値で如実に「ハイパフォーマンス組織の壁」が現れていて、唖然とするくらいでした・・

この辺りの話は次の記事も興味深いと思います。 codezine.jp

リーンと品質

変更失敗率という話がでてくる、というのは先述のとおりです。
くわえて、個人的に「低品質がムダを生む」という文脈でハッとさせられた部分が他にもありました。

第4章3節に「品質に対する継続的デリバリの効果」というセクションがあり、ここでは「継続的デリバリというプラクティスが品質に好影響を与えるであろうという仮説を、どういう指標で評価すればいいだろう?」という話がなされております。
「品質を測定するには何を見ればいいか」です。

その過程で、変更失敗率以外にも意味のありそうな項目も用意していたとのことでした。

  • アプリケーションの質とパフォーマンスに対する担当者の治験
  • 修正作業や予定外の作業にかかった時間の割合
  • エンドユーザーがいつけた不具合の修正にかかった時間の割合

これら全てが「デリバリのパフォーマンス塗装感を持つ」とのことで、その中でも「予定外の作業時かかった時間の割合」の相関が強かったようなのです。
「作業時間の全体」に対して、例えば「不具合の修理・調整」「緊急デプロイ」「監査書類の緊急作成養成」などの作業時間が占める割合です。 継続的デリバリによってこの項目が低下(向上)すると言われています。

ハイパフォーマーの場合は新たな作業に費やす時間が49%、予定外の作業や修正作業に費やす時間が21%であったのに対し、ローパフォーマーの場合はそれぞれ38%と27%であった。生産工程の最初から「品質」の概念を組み込むのに失敗したことを示す事象が修正作業や予定外の作業であるため、この事象は品質を測る有用な尺度となりうる。

4.3 品質に対する継続的デリバリの効果(P63)

「品質の定量化」や「品質の低下によって失われるモノ、発生するコスト」というのは非常に説明が難しいものだと考えています。
その点で、こうした観点は、計測値が何を示しているのが実感を持って理解しやすい上に「現状を生々しく反映してくれそうだな」と思い、とても興味深く感じました。

組織文化とパフォーマンス

「パフォーマンスに影響するものはなにか」の調査ということで、組織文化にも焦点を当てています。
例えば「変更失敗」や「リードタイム」に対して、「組織やそこで働く人がどういうものを大事にしているか」が影響しそうだというのは直感的に理解できるのではないでしょうか。

組織文化が「基本前提」「価値観」「アーティファクト」からなるとした上で、特に「価値観」に注目して扱っています。

組織文化を3つに類型化しています

  1. 不健全な(権力志向の)組織
  2. 堅牢的な(ルール志向の)組織
  3. 創造的な(パフォーマンス志向の)組織

これらは、例えば「失敗」に対する態度にも影響してきます。 そして、この「3タイプの分類でハイパフォーマンスの良し悪しも予測できる(P40)」という先行研究の結果を取り入れて、本書の話が進みます。

リーンにせよDevOpsにせよアジャイルにせよ「態度」の問題は最重要視されている内容の1つですが、それを「どう測るか」「どう影響しているか(パフォーマンスに差が出るのか)」という観点で踏み込んで話しているのはとても面白かったです。

第11章では変革型リーダーシップの話も出てきたり、第16章でもリーダーシップとマネジメントが扱われていたりと、本書が技術的プラクティスだけではなくもっと総合的な課題に向き合っていることが感じられます。

まとめ

「非常に濃密!!」という印象を持った本です。
全体で250ページ強と手に取りやすいボリュームで、とにかくリーダー層やマネジメント層にいる人たちは問答無用で読んで欲しい・・・という風に感じました。
とりわけ、第1・3部が必読だと思います。

DX系の話題や技術組織づくりの文脈で、カンファレンス発表等での引用が多く見受けられる書籍です。
自分が学んだり感じたことの3割程度しか言及できていないような感覚もありますが、素直に「かなり良かったな」と言える本でした。

「チーム・ジャーニー 逆境を越える、変化に強いチームをつくりあげるまで 」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-6です。 adventar.org

day-6は「チーム・ジャーニー 逆境を越える、変化に強いチームをつくりあげるまで」です。

どんな本

「チームをどうしていくか」という本です。
プロジェクトをどうマネジメントしていくか?プロダクトをどうデザインしていくか?という話が主ではなく、あくまでテーマは「チーム」や「リーダー」にあります。いわゆる「アジャイル開発」といった場合に多くの人にとって真っ先に想起されるであろう、「品質を保つために」「期限を守るために」「価値を磨き上げるために」といった話とは、違った所に焦点を当てています。 (いちおう、本書に登場するチームのスタイルはスクラムを基調としており、必須ではないものの各イベントやロールについての基礎的な知識もあると読解をする上での助けとなるかも知れません)

カイゼン・ジャーニーの著者の1人である市谷さんの著作であり、本の構成・アプローチは共通しています。そのため、もしカイゼン・ジャーニーが読みやすかった人であれば安心して読めるかと思います。また、物語の世界設定は引き継がれています(それ自体は内容を理解する上での障壁とはなりませんが、知っている名前が出てくるのは何となく楽しいものですよね)

アジャイルな開発をやっていく」と言った場合に、チームの底力というのは無視できません。teamingが必要であり、方向づけや相互理解は不可欠です。
XPの5つの価値、スクラムの価値基準にて掲げられる「Courage」「Respect」は疑うまでもなく「良いチーム」に強く求められる柱ですし、アジャイルマニフェストの背後にある原則での 意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します を達成してこそbe agileが手に入るものです。

しかし、たまたま集まった個人の集合を「背中を預けあえるチーム」にするのは、一筋縄ではいきません。
誰にとっても平等に安全なチーム・・というのを築くのは難しいことですし、ましてやチームを取り巻く状況は刻一刻と変化していきます。困難に対して、リーダーが中心になって立ち向かっていく必要があるのです。1つの壁を乗り越えれば、また次の壁が現れます。同じレベルの要求ばかり提供され続ける、なんてことはありえないので。
「いいチームであり続ける」ことが成功するチームの条件です。

本書では、チームが歩みを進めていく「ジャーニー」を、その時々において向き合うべき課題と(必要に応じて)プラクティスをふんだんに紹介しながら描いていきます。
2部構成となっており、第1部が「単一のチーム」、第2部が「複数のチーム・組織」が話題です。

お気に入りポイントかいつまみ

「ファースト」の考え方

「どこに向かうか」を揃えることがチームにとって必要ですが、「チームに求めること・何を重視するか」も意識する必要があります。
これを本書では「ファースト」という概念で扱っています。それによってリーダーシップのスタイルも変わる」、と。

例えば「チームの成長」のファーストを取れば「自走できるようにする」「気付きを与える」ことが重要になり、コーチとしてのリーダーになりそうです。あるいは、「タスクを徹底的に潰すことで成功に導く」のであれば、コマンド&コントロール重視で統制的なリーダーになります。チームが持つ力を遺憾なく発揮していくことだ、となればサーヴァント型のリーダーになるかも知れません。

チームのメンバーや取り巻く状況に応じてリーダーがスタイルを変える必要がある、というのはエラスティックリーダーシップにも詳しく説明されています。
「今どんな状況にあるか?」への観察によって、適切な判断をしながら、その局面において何を重視すべきか?を自覚的に選択していけるのが理想です。
本書のストーリーは、最初の状態からチームが理想的にワークするところまで「こういう課題があるので、このファーストを選択する(あるいは、そのファーストが選ばれている状態に、どう向き合って連れ出すか)」といった方法を見せてくれます。

具体的には、第1部の状況は次のように説明されています。

  • 第1話: タスクファースト
  • 第2話: タスクファースト
  • 第3話: チームファースト
  • 第4話: プロダクトファースト
  • 第5話: チーム成長ファースト
  • 第6話: プロダクトファースト
  • 第7話: プロダクトファースト
  • 第8話: 状況突破ファースト

こうして、「状況とは変遷していくものである」ということをとても分かりやすく説明してくれています。

臨機応変さには、「観察」と「引き出し」が欠かせないと思います。
概念のインストールによって認知のフレームワークを、その観察に対して適応すべき手法のカタログを提供してくれるような本になっています。

生々しいチーム

これは・・・個人的には「読んでて嫌な気持ちになるくらい辛いチーム状況」だったり「自分がリーダーやっている時に周りにいたらメチャクチャ嫌な奴」というのが、しっかり描かれています。
(だからこそ立て直していく価値があるのですが・・・

「チームにとっての困る存在」という部分へ個人的にとても深く共感ができた事が、本書の説得力を増しています。

(「お気に入り」なのか「嫌い」なのかは微妙なところかもしれない

幅広プラクティスと理論

先の「ファースト」の話もそうですが、「チームや組織の直面する課題」というのがしっかりと言語化されて説明されています。
モデルだったりパターンだったりを用いながら、「こうした問題が如何に発生し、どういう形で現れるか」の根拠を示してくれるような感覚です。
そうした「左脳で理解する」という側面が、自身では未踏の自体に対しても観察眼を提供してくれるのではないでしょうか。

また、それぞれに対して適用可能なプラクティスというのもふんだんに紹介されているのも嬉しいポイントです。
「こういうワークショップをすることで、チームの目線を揃えよう」といった話だったり「こういう役割分担・フォーメーションで問題に立ち向かおう」など、立ち振舞の引き出しを増やしてくれます。

まとめ

この本は、今までいろいろな本を読みながら「どういう風にチームを作っていくか」と考えていた時期に手にとった1冊でした。
なので、自分にとっての新しい発見がめちゃくちゃ多い・・・とまでは行かなかったかも知れませんが、「しっかりとまとまって1冊だけで十分に使える」という手応えを感じたのは確かです。
実際に、社内で新しくリーダーを務める人や「チーム作り」に興味を持ち始めたメンバーに対して、「ひとまずこの本の第1分を読んでみて」といって紹介したりしています。

もちろん、自分自身として「何も発見や学びがなかった」ということは断じて無く、改めて認識したり、アップデートしたり、新鮮でグサッときたコンセプトなどもいくつもありました。

「チームしたいね!!」という人にはとてもおすすめです。

「This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-6です。 adventar.org

day-6は「This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント 」です。

どんな本

day3-day5で「リーンソフトウェア開発」についての書籍を取り上げてきましたが、こちらは「ソフトウェア」な本ではないです。
より純粋(?)に、「リーンとは何であるか」を解説した本です。
確かに、タイトルの通り「これがリーンだ!」という所に注目している内容でした。「どうやるか」みたいなHowToやプラクティスの話でなく「リーンそのもの」が本書のスコープです。

まえがきより。

本書の目的は、シンプルにすることの美しさを明らかにすることにある。〝リーン方式〟に関連する用語や方法論の誤解を取り除き、「ジャスト・イン・タイム」や「見える化」などの主要原則を用いたフローの効率という基本に立ち戻り、リーンの意味を再定義する。

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.32-34). Kindle 版.

どのくらい「具体的でない」か?というと、恐らく多くの人が「リーン(手法)」と聞いた時に想起するであろう「(固有名詞としての)カンバン」が本書には1度もでてきません!(「ビジュアルプランニング」という単語は5回でてきています)
そうではない道筋で「リーンとは」を説明しているという事になります。

そうした「ツール」「各論」的な材料の代わりに、本書では2種類の効率性に終始一貫して注目しています。
原著の副題が「Resolving the Efficiency Paradox」であるように、リーンとは何であるのか(何を解決しようとしたものなのか、どういった点でパラダイムシフトをもたらしたものなのか)を「効率性」の観点から説くのです。

それが、「リソース効率」と「フロー効率」でした。

監訳者まえがきに以下のような表現があります。

"リーンを正しく理解し、組織的に実践していくためのカギは流れにある。本書のキーコンセプトとなる〝フロー効率〟という概念だ。本書はあらゆる業種・業態の組織が手持ちのリソースの稼働率ばかりに目を向ける〝リソース効率偏重〟主義から脱却し、フロー効率を用いて顧客ニーズの芯を捉えた活動に焦点を当てるリーンの実践を行うための枠組みを提供する。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.49-52). Kindle 版.

では、「フロー効率に注目して生産活動を行う?」というのは、一体・・?という答えがこの本の中にあります。
「価値に直接結びつく活動」以外を「ムダ」なものとして、「リーン = 無駄をなくす」ようにしたい!という考え方に至るのですね。

加えて、「なぜリーンなるものの正体がわかりにくいのか?」についても課題意識を持って語っています。

"あまりにもたくさんの本が出ているので、何がリーンで何がリーンでないのか、よくわからない。リーンのことを哲学や文化、あるいは原則などのような抽象的な概念として説明する本があるかと思えば、働き方、方法、ツール、あるいはテクニックなど、もっと具体的なものとしてリーンを扱う本もある。誰からも受け入れられている共通の定義は一つも存在しない。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1361-1364). Kindle 版.

いわく、「リーン」と一口に言っても「着目している抽象度が違う」と。
「今、フルーツ(群)が食べたい?それともりんご(カテゴリ)?それとも青りんご(バリエーション)?」という質問を例に引きながら、次のように説明します。

”このようにたくさんの定義が存在するという事実が、リーンがさまざまな抽象度で定義されていることの明らかな証拠だ。これらの定義を抽象度ごとに分類するには、次の三つのレベルを区別しておく必要がある。
* フルーツレベル(哲学、文化、価値、生き方、考え方としてのリーン)
* リンゴレベル(改善法、品質システム、生産方式としてのリーン)
* 青リンゴレベル(メソッド、ツール、無駄の排除としてのリーン)"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1392-1397). Kindle 版.

本書は、主に「フルーツレベル」の話を扱います。
「具体に固執すると、しなやかさを失って適用範囲が狭く、脆いものになる」というのはソフトウェア開発者であれば共感しやすいのではないでしょうか。

お気に入りポイントかいつまみ

「フローとは」がわかりやすかった

冒頭でいきなり架空のエピソードから入るのですが、重大な病気が疑われたので検査にかかろうとした患者の目線で

  1. 近所の病院に行き、精密検査が必要になったので紹介状を書いてもらい、そっちの病院でも別の検査が必要になり・・・という例
  2. ワンストップでの検査サービスを提供している病院があり、即日で検査が終わって・・という例

を挙げています。

病院サービスの価値の享受者は患者ですから、「作業時間あたりの生み出した価値」という点で、2の方が高効率となります。これが、フロー効率だと。
逆に、1の例は「専門領域ごとに分断されている」ことによって、提供側の稼働効率 = リソース効率は上がります。

リーンソフトウェア開発においた、よくフロー効率は「カンバン上にユーザーストーリーがINしてから、デプロイされるまで」のような説明をされますが、個人的には「頭では理解できるけど、それがどれだけ良いものかは腑に落ちてないかも?」という感覚もありました。
この本を読むと、ユーザーストーリーや実装されるべきフィーチャーが「潜在的な価値を持った塊」のようなものに思えて、確かに「仕掛りの時間をなるべく抑えることが重要だ」と感じられたのでした。

第1章〜第3章にかけて、フロー(効率)とはどのようなものであるか?を丁寧に説明しています。
そのうち、第3章においては「なにがフロー効率を妨げるのか」という理論を説明しており、他の本で「リトルの法則」「ボトルネックの法則」について触れたことがある人にとっては馴染みがありそうな話です。あるいは、それらの本を読んでもし「ピンとこなかったなぁ」と感じているのであれば、本書はオススメできます!

効率性マトリクス

「すべて100%フロー効率に振るべきだ!それが完璧なリーンである!!」としないところが、個人的なお気に入りポイントの1つです。
むしろ、「巷では、まるで「リーンが良いものである」というのが自明の理のように扱われることで、批判や検証が不可能なものになっている」と指摘した上で「リーンの意義を相対化して扱う」ことにも試みています。

"自明の理を避けるためにも、リーンが何のために存在しているのか、何のためではないのか、はっきりと理解することが大切だ。リーンの助けを借りてどのゴールを目指せばいいのだろうか?どのゴールを目指すべきではないのだろう?リーンはとにかくいいもので、いいものは何でもリーンだ、というわけではない。リーンとは、分かれ道に立つ選択肢なのである。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1503-1506). Kindle 版.

リソース効率とフロー効率をそれぞれY,X軸にとり、4つの象限を形成するマトリクスが示されています。

リソース効率もフロー効率も共に100%であることが理想状態だ!(しかしそんな事は不可能だ!)
では、「どちらを選択」すれば良いのだろう?そもそも、「なぜ不可能」なのか、何によって妨げられるのか・・・?
といった話題を扱ってでてくるのが、「効率性マトリクス」です。

いわく「変動」であり、「どんなニーズが生まれ得るか?(ex: 顧客のリクエストはどんなものがあるか?)」の予測が難しい。これが「フロー効率」を引き下げるフォースになる。「常に供給可能で、しかも信頼できるリソース(ex: 十分なパフォーマンスと機能を持ち、かつ絶対に故障しない機械。どんな仕事もできて絶対に体調も崩さない従業員)」を確保することは難しい。これが「リソース効率」を引き下げるフォースになる。

こうした変動の存在やその度合によって、「どこまでリソース効率とフロー効率が下がるか」が決定されるという考え方です。 これを用いれば、「フロー効率(リソース効率も)をもっと高められるか・高めるべきか」を整理して考えやすくなりそうです。

こうした「バランスを取っていく」という考え方や、あるいは「目標状態(x,yで座標を考える)」を設定しえるのかな?という観点は、なるほどなぁと思いました。

「ムダ」と「二次ニーズ」

顧客の価値に直接的につながるものを一次ニーズ、そうでないものを二次ニーズと呼んでいます。
リソース効率偏重は多くの二次ニーズを生みやすいものである、というのが本書の主張です。

例えば「生産機の稼働を100%にして(リソース効率)、多くの在庫ができたので、それを保管するための倉庫に移さなければ」というのが二次ニーズの例です。いわば、仕事のための仕事という感じでしょうか。

自身の仕事や職場を思い返してみると、随分と二次ニーズにあふれているなぁと思ったのでした。

"二次ニーズは組織にとって有害だ。なぜなら、それらは私たちが「余計な仕事」と呼ぶもの、つまり二次ニーズを満たすためだけに必要な追加の仕事をもたらすからだ。余計な仕事は、言い換えれば無駄ということ。なのに、私たちはそれが無駄だと気づかないことが多い。価値を増やしている、と私たちは考えるが、実際にはそうではないのである。それでもなお、二次ニーズを満たすことをやめるわけにもいかない。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1025-1029). Kindle 版.

「仕事が忙しいのに価値が生まれていない」みたいなのは辛いものです。
例えば「アプリケーションのバグがあるから直さなければ」は、あくまで顧客を守るためのものですが、そうした「ニーズ」は本来は必要なかったものだとも言えます。こうした話は、フロー効率やリーンとは関係ないかも知れませんが、正に「仕事のムダが如何に恐ろしいものか」という点では共通するものを感じざるを得ないのでした。
そして、スループット時間の長大化が多くの二次ニーズを生んでいるとしたら・・?それは見過ごしたくありません。より、フローの観点からの効率化をやる意義があるな!と感じます。

まとめ

Kanbanの本などを読むと「TOC理論」が根拠として用いられていますし、そこで語られるのは「確かにリソース効率100%って危ういんだね」という感想をもたらすと思います。
背景に「フロー効率を上げるべきだ!!」があるわけです。

本書は、そうしたリーンの土台となる「フローとは?」という考え方を丁寧にまとめているなぁと感じました。
また、「青りんご」の話まで踏み込まないことで、1冊を通じて話題が散逸しなくて済んでいるのも理解の助け、ひいては読書体験の向上になっています。

「リーンエンタープライズ ―イノベーションを実現する創発的な組織づくり」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-5です。 adventar.org

day-5は「リーンエンタープライズイノベーションを実現する創発的な組織づくり」です。

どんな本

リーンシリーズの中で、(新しくマーケットに挑む)スタートアップではなく、既存のある程度の規模に成長した企業にどうやってリーン思考をインストールするか?を扱った本です。

"本書は、これから成功するには、戦略・文化・ガバナンス・製品やサービスの管理方法について、従来とは違った考え方が必要だと感じている、中規模から大規模な組織で働く人を対象としています。とはいえ、小規模な組織の役に立たないわけではありません。一部適用できないところがあるかもしれないというだけです。"

はじめに(P xvi)

とあります。

「リーンと呼ばれているものがどんなものか分かる」程度には基礎・概要も抑えているのですが、「最初に読む1冊」ではないかな?という印象はあります。リーン、DevOpsに関する基礎知識はあったほうが良さそうです。また、(特にエンジニアリングよりの)プラクティスについて知識を補充したい・・という人にはコストが高そうです*1

その代わりに、扱っているスコープが「文化」「戦略」「組織」「戦術・ツール・プラクティス」「運用」と幅広く重厚なものになります。
1冊を通して読んだ後に、「どうやって規模のある組織のスピードを上げていくか?」という問いに対しての著者の本気の姿勢のようなものをうかがえる気がします。

グッと来たポイント

リーンエンタープライズは人間のシステムである

これは1.1節の見出しです。

リーンやアジャイルなチームが採用しているツール・プラクティスに注目していては真のゴールには立ち向かえない。それらは単なる「対応策」に過ぎない。そうではなくて、組織文化が備わった所に自ずとそういった方法が現れてくるもの。
ハイパフォーマンスな組織を支える文化を作ることが勝負になる、リーン企業を理解するにはそうした人間的側面を理解することが最重要である。

といった旨のことが語られています。
小手先のHow-toやプラクティスは「とりあえずやってみる」のは難しくないとも思いますが、それはまったくもってゴールではなく、勝負を分けるにはそこにいる人達の振る舞いで決まる・・・というのは組織の大小を問わず共通の命題なのだな、と感じました。

一章では、続く節で「ミッション・コントロール」「ミッションの原則」「人材は競争優位である」という話が続きます。

この本の1番最初に述べる事項としてこれらが選ばれている、というのは非常に大きな意味を持っていると感じました。

イノベーション文化を育てる

これは11章のタイトルです。

1章において「創発的文化のある組織」というコンセプトが紹介されており、それこそがリーンな企業の特徴とされています。
そうした状態へ連れて行くために「イノベーション文化を育てる」のです。

この章でとりあげられているのは、例えば「学習することへの不安」と呼ばれる概念があります。
「生き残りの不安」と「学習することへの不安」という対比で紹介しており、「学習することへの不安を緩和し、相対的に生き残りの不安が大きな状態にする」ことが変革を成功させる鍵だとされています。
(ただし、もし「生き残りの不安」を増大させるようなアプローチを取れば、それは責任回避や政治的振る舞いといった態度に向かうことになるとのことです)
すなわち、(変革についていくためには)学習をしなければならないことを理解し、その前提を飲み込んでなお、生き残ろうと言う気力を持てる状態です。生き残らなければ、というストレスを与えつつ学習に対する恐れを軽減します。

なぜ「学習することに恐れを抱く」のか?
学習というのは自身をアップデートする挑戦でもあるので、そこには失敗するリスクがつきまといます。学習しても使い物にならなかったらどうしよう、自分は本当に上達するだろうか、学んでも役に立たないかも知れない・・etc

こうした不安を緩和していくには、組織が失敗を許容することです。
そして「11.2 安全に失敗できるようにする」につながります。これは、自身の学習としてもチームや組織における学習に対しても同様であり、「建設的な批判ができるか」といった点にもあると思います。
端的に、本書では

ハイパフォーマンス文化の組織では、事件や事故の後にポストモーテムを実施しています。ポストモーテムの目的はシステムの改善であり、避難することではありません。将来よく似た状況が起きたときに、情報とツールを自由に手に入れられるようにして、マイナスの影響を宣言するのです。

P242

と紹介しています。これも「失敗できる」の顕著な例です。

その後も、11章は「11.3 人材不足などない」というテーマに続くなど、個人的に共感しつつ鋭くて痛くもある主張だな・・・と感じます。
本書の中で、1章と並んで1番好きな章かも知れません。

まとめ

「リーンのやり方」というのにも十分に触れつつ、どちらかといえば「ハイパフォーマンスの組織づくりのためのマインドセット・リーダーシップ」を扱っている本だな、と感じます。
ページ数で言えば、確かに「文化」「リーダーシップ」を主題とした章は少ないものの、「何が必要か?」と問えば筆者は「身の回りから変革を起こし、組織を別の未来へと導くリーダーシップである」と答えてくれそうな気がしました。

最終章では

仕事のやり方を変えることの最大の障壁は、思い込みです。あまりに組織が大きすぎて、あるいはあまりに官僚的すぎて、変えることができない。特別な事情があって、本書で説明したプラクティスを取り入れられない。そのように思い込んでいるのです。

P317

と述べられています。
問題が「思い込み」にあるのだとすれば、真なる敵は自分自身です。

本書は「視座の高い」と感じる本ではありますが、全てを吸収できなくても、自分ができるところから動いていくのが大事だな〜と感じます。

*1:そのあたりは6-8章あたりで扱われてはいます

「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-5です。 adventar.org

day-5は「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで」です。

どんな本

背表紙の「本書の特徴」には、「アジャイルをこれから始める人だけでなく、もっとうまく実践したい人にも最適」と書かれています。
という感じで、アジャイル(主にスクラム)の入門〜チームへの導入くらいの位置づけの本です。

レベル感としては、SCRUM BOOTCAMP THE BOOK以上アジャイルサムライ未満な感じがしますが、この3冊については特に読む順番などは気にせずに「入門者におすすめできる、読みやすい本」と言えると思います。

架空の開発会社の小説をベースに、各章が「ストーリー」「解説」という構成で話が進んでいきます。
筆者ら自身が「これまで経験し、実践してきたことを下敷きにして、どのようにして初めて、周りを巻き込み、前進していくのかを具体的に示し」たとのことです。そのおかげで、とても現場感のあるストーリーであり解説になっていると思います。
(もちろん、主人公の吸収力や成長はすごいですが!)

スクラムを導入するぞ!」という目線ではなく、「どうしたらチームでより良い働き方が出来るんだろう?」という課題に対して、アジャイルスクラムのプラクティスがインストールされていくといった流れになります。
主にアジャイルコーチ役のキャラクターがプラクティスの輸入元です。終盤に向かうにつれて、主人公自身が自律的になり、チームも自己完結型といえる状態に進歩していき、複数チームの協働へと至ります。その要所要所で、価値や原則からコミュニケーション設計までをも含めて「前に進むために必要なこと」が取り入れられていく感じです。

扱われているのは、タスクマネジメントや「見える化」・バックログの管理やユーザーストーリー(PBI)・チームビルディングのプラクティス・ふりかえり・VSMなどのリーンよりのツール・・と多岐にわたります。
しっかり深く解説しているか?というと、文量や難易度とのトレードオフがあるので致し方ないのかなと言う面もありますが、それでも要所をしっかり抑えているし説明も平易なので十分に掴みやすい内容になっています。深堀りしたかったり体系だった知識を求めるようであれば、巻末の参考文献に当たることが可能でしょう。

お気に入りポイントかいつまみ

読みやすさがとても工夫されている

「小説仕立てのビジネス書」のようなものが嫌いでなければ、こうした「段階的に取り入れ、漸進していく」というテーマにこの形態はとても相性が良いなと感じました。
主人公が直面している課題や抱えている悩み、そこに師匠との出会いによって試練を乗り越え、「良い実践が自分や周囲を成長させた」のもわかるし、また「その前との差分」も感じ取りやすくなっています。つまり、「どういった課題が解決されたか」を主人公の表情(テキストですが)からも汲み取れるような。

その他の登場人物もキャラクターが立っているので、「あぁやっぱコイツはそういう事言うよね、わかる、厄介だな」なんて思いながら読みすすめることができました。

・・・しいていえば、チームの状況(特に序盤)が悪すぎて読んでて魂が濁るかも知れない

網羅的なプラクティス群

スクラムはシンプルなフレームワーク」なのですが、それを現場で実践するには中身が必要で、基本的には様々なプラクティスを用いて補完していくことになるかと思います。
どういう時に(コンテキスト)、何を使うか(ソリューション)?の組み合わせが重要になってきますが、その取捨選択は手腕を問われるものです。特に、「それっぽいのを表面的に取り入れた」ではミスマッチが起きる可能性もあり、ヘロヘロになりかねません。

その点、本書は形成期〜機能期までその時々に応じたプラクティスを、時に背景理論の説明も交えながら扱っていきます。
「一見うまく行ってたのにワークしなくなる」という状況設定も取り込んで、チームのむきなおりもテーマにしたり・・というのは生々しくて良いよな、と感じたポイントの1つ。

「越境」というキーワード

この主人公は「周囲に影響し、変革をもたらすエージェント」として描かれており、ムーブメントを起こす人物です(になります)。
小さなうねりをどうやって拡大していくか・・・?というのは、どの組織においても課題になるものだと思いますが、本書は一貫して「越境」というテーマを扱っています。
1人から他の個人へ伝播し、所属しているチームを巻き込み、そのチームが真の意味でチームとなり、組織のレイヤーでチーム外も巻き込んでいく・・という流れです。
(読み物なので、ハイペースではありますが)一歩一歩乗り越えていくんだな、という物語になります。「どうにかして殻を破る必要がある、境界線を超えていく必要がある」のをこの物語は知っているのです。

単なる「スクラムを導入しよう」というよりも大きな「越境をする」といったテーマの本でもあり、勇気をもらえるような気がします。

まとめ

入門書的の中でも、何となく「今からリーダーをやってみようという状況にある部下や後輩」とか「初めてチームを持ったけど悩んでいる」みたいな人に渡したくなる本かなー?いう気がしています(続編の「チーム・ジャーニー」と悩みそうですがw)。

平易で読みやすいながらも、メリハリのある本なので充実感はあると思います。

「リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-4です。 adventar.org

day-4は「リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~」です。

どんな本

オリジナルは2003年ということで、アジャイルマニフェストがまとめられた2001年から数年ほどの世界に生まれた本になります。
本書の著者2名が「リーンソフトウェア開発」の生みの親であり、もっと言えば「アジャイルマニフェストができた頃にはなかった言葉」が生まれたのが、この本が世に出た時代ということになります*1

そのため、「工業製品の生産におけるやり方」を「いかにソフトウェア開発に適用できるか?」という、今のような「(ソフトウェアの)リーンありき」ではない視点で書かれているのが本書です。そうした背景を踏まえた上で、副題「アジャイル開発を実践する22の方法」に目を向けると、その意味合いが少し味わい深く感じ取れるのではないでしょうか。

まえがきを見ると、著者らが「アジャイルなプロセスが、なぜ正しい(本質的に証明できる)のか」について考えている際に、工業製品の現場などで以前から取り入れられている「リーン手法」に多大なヒントを得て、「ソフトウェア開発でも、もっと”無駄”をそぎ落とせる」ことを学んだのだ、と分かります。
「価値を素早く、無駄なく届ける」ためのヒントを紹介するのが本書です。

22(節)のプラクティス・視点を、7つ(章)の原則に分類して*2紹介されています。 最終章となる8章は、これらの原則を「どうやったらスムースに適用できるか」を述べているものです。

ということで、目次の一部を引用しておきます。

  • 第1章 ムダを排除する
    • リーン思考の原点
    • ツール1: 無駄を認識する
    • ツール2: バリューストリーミングマップ
  • 第2章 学習効果を高める
    • ソフトウェア開発の性質
    • ツール3: フィードバック
    • ツール4: イテレーション
    • ツール5: 同期
    • ツール6: 集合ベース開発
  • 第3章 決定をできるだけ遅らせる
    • コンカレント開発
    • ツール7: オプション思考
    • ツール8: 最終責任時点
    • ツール9: 意思決定
  • 第4章 できるだけ速く提供する
    • ツール10: プルシステム
    • ツール11: 待ち行列理論
    • ツール12: 遅れのコスト
  • 第5章 チームに権限をあたえる
    • 科学的管理法を超えて
    • ツール13: 自発的決定
    • ツール14: モチベーション
    • ツール15: リーダーシップ
    • ツール16: 専門知識
  • 第6章 統一性を作りこむ
    • 統一性
    • ツール17: 認知統一性
    • ツール18: コンセプト統一性
    • ツール19: リファクタリング
    • ツール20: テスティング
  • 第7章 全体を見る
    • システム思考
    • ツール21: 計測
    • ツール22: 契約
  • 第8章 使用説明書と保証書

お気に入りポイントかいつまみ

7つの原則

どんなものも中心には原則を据えて話をすることが多いですが、特に本書で挙げられている7つの原則は共感しやすいものが多いな、と感じました。 やるべきなのは「ツールを活用する」ことではなく、「原則に従う」ことなのだなぁと改めて思います。

結果として、 「アジャイルって、結局のところ何を目指すんだっけ?」をイメージしやすい本であるとも感じました。 本書は、「他の業界の動き方をソフトウェア開発に適用する」という野心に溢れたものであって、ある意味では「前提(リーンソフトウェア開発とは?)を共有していない人にどう説明するか」が目的になります。
そういう理由から、全体を通じて「なぜ必要か」「それの良さはどこか」について論理だって説明されているように感じました。価値(アウトカム)に直結するようなソフトウェア開発を、という挑戦が見て取れました。

スクラムにせよカンバンにせよXPにせよ、「どういう状態を目指したいか」でいえば「適応的に動いて、無駄を排除して成功率を上げよう」であり「臨機応変さを手に入れるためにはモチベーションの統一とコミュニケーションを大事にしよう」なのかな?と思います。
それらが、「7つの原則」という形でまとめ上げられて、各章では「それ(原則)は何であるか」という解説から始まって、その実現のためのツールが並んでいきます。

「リーンソフトウェア開発」というカタログだったりフレームワークがあるからそれを説明しよう!という訳ではないし、あくまで「アジャイルを目指すための取り組み方」という視点での話、でもあるのです。

書かれている内容は、至極真っ当だと感じます。

「リーンっぽい」部分

言い方が適切かはわかりませんが、リーン開発の本なので当然ながら「このあたりがリーンぽいよな」と感じられる内容がふんだんに取り上げられています。言い換えると、「スクラムについての勉強をしてもあまり言及されないような、プロセス/プロダクト改善に役立ちそうなプラクティス」です。

例えば「無駄を排除する」ではバリューストリームマップの話がでてきます。「開発を早くするためにペアプログラミングをしよう」とか「バグを減らすために開発者がテストを書こう」といった話よりも外側の、「開発工程全体でのボトルネックを探り、認識しよう」という話です。

第3章「決定をできるだけ遅らせる」にて取り上げられている、「コンカレント開発」「ツール7: オプション思考」「ツール8: 最終責任時点」「ツール9: 意思決定」は、コレも(最初の原則である)「ムダを排除する」の実現のために「最終的に価値のあるものを作るが、そこに至る過程で手戻りや非効率をなくせ」といった話に感じました。
これはアジャイルマニフェストの「計画に従うことよりも変化への対応を」あるいは背後にある原則の「要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。」に直結しているようにも感じます。

それ以外にも、(カンバンの形に至る)「プルシステム」「待ち行列理論」の話も、自分の中にある「リーンといえば?」のイメージに応えるものでした。

まとめ

全編に渡って、とても重要で視座の高いことが書かれているなぁと感じます。
アジャイル関連のツールや思考について、「何がどれ(のプラクティス)か?」を考えることにはあまり意義を感じませんが、例えば「スクラムの勉強をしている」という人にも薦めてみたい本であると言えます。何となく「別物」と感じて遠ざかっている・・のであれば勿体ないな、と。
(そもそも、スクラムガイドには スクラムは「経験主義」と「リーン思考」に基づいている。 と書かれていますし、間違いなく「リーン的」なものを学ぶ価値は高いと感じますが。)

*1:興味深い記事。とても参考になります https://fkino.net/20141014.html

*2:まだ手に入れられていないのですが、「リーン開発の本質」では「リーンの7大原則 」が紹介されているとのことです

「アジャイルサムライ」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-4です。 adventar.org

day-2は「アジャイルサムライ」です。 カレンダー1がスクラム、カレンダー2がXP/リーン/カンバンという(ゆるい)区分けをしているので、この本についてはどっちに入れるんだろう?XP寄りか・・?という気もしたのですが、「自分がスクラムを学び始めた時に、この本も読んだから」という主観的な理由でコチラに含めています🤗

どんな本

スクラムアジャイル開発をやるに際して、「最初に何を読んでみると良いですか?」と聞かれたらSUCRUM BOOTCAMP THE BOOKか、本書「アジャイルサムライ」と答えるかと思います。

スクラムを」って質問だったら、まずはBOOTCAMPでそれからアジャイルサムライを〜ってなりそう。
翻訳の角谷さんによれば

"2010年頃から「アジャイル開発に興味あるけど、どれか1冊読むならどれがいいか」みたいな質問される機会が増えてきたんですが、なかなか最初に読める手頃な本がなくて……。『アート・オブ・アジャイルデベロップメント』(オライリージャパン)は良い本なんだけど、ちょっと興味がある人の最初の1冊としては大部だなと。"

アジャイルアカデミー「アジャイルサムライの見積りと計画づくり」はどうやってうまれたのか? (1/3):CodeZine(コードジン)

とのことで、やはり「入門書として推せる」ような難易度・網羅性・そして本質的であり実践的であるよな書籍だと思います。

個人的には、読者の声にある次の書評が好きw

"最初は、軽いノリの入門書だろうと高をくくっていた。「マスター・センセイ」だし、そもそも「サムライ」だし。でも、そんなに甘くない。軽い文体とは裏腹に、アジャイルな開発のありかたが、きわめてロジカルかつ網羅的に語られている。ありそうで、なかった本。手元に置いておけば、きっといいことがあるはずだ。

➤和智右桂『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』訳者"

Jonathan Rasmusson. アジャイルサムライ達人開発者への道 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.42-47). Kindle 版.

まさにその通りだなーと。Head Firstシリーズほどには軽妙さに倒してないですが、十分に「ノリが軽い・・というか独特なノリだな!!」って気はします。もしかしたら、それで読む人を選んでいるような面はあるのかも。

アジャイルとは何か」「アジャイルなチームとはどういうものか」を示すと同時に、「アジャイルになっていくには、どこからやればいいか(そのための道具箱)」をしっかりと解説してくれている一冊だと思います。
内容の網羅性については、目次(部のタイトル)を見ると雰囲気がつかめるかと思います。

「価値・原則」から始まり、「アジャイルなチーム」を扱った後に「プロジェクト」の話をして「開発」です!
アジャイルの背骨たる価値・原則については勿論のこと、そこに続くトピックについても、その内のどれが欠けても「うまくいかない」もしくは「効果が著しく失われる」というようなものであり、一気通貫で読めるのは有難いことです。

決して「スクラム」の本ではありませんが、「スクラムかどうか」を気にするのであれば、この本の内容を踏まえながら、スクラムガイドに従った行動を組織したらそれはスクラムになるんじゃないかな?という気はします。

本書で扱われているプラクティス、もしくは本書が起因となり流通したプラクティスが、そのうちのいくつかは「アジャイルサムライを読んだことはないけど知っている」というレベルで広く知られていると感じます。それが、この本の影響力を物語っているのではないでしょうか。
(そのうちの1つは「インセプションデッキ」だと思います)

特にグッと来てるポイント

初めて出会った時に、というよりも現在の視点で振り返っても「すげーいいなぁ〜」と思っている箇所など

インセプションデッキ

これについてはあんまり説明不要かな?と思ってはおりますが。
「開発の話」を中心に考えていた自分にとって、例えばそれは(技術的なプラクティスだけには限定せずとも)要件定義や見積もり、優先順位付けやデリバリーの問題が頭を占めていました。
ですが、「チーム作りをする / チームになる」ためのツールが紹介されているわけです。
めちゃくちゃ詳細に紹介されているか・・?というと、例えば「ワークショップのための手順」みたいなレベルで説明されている訳ではありませんが、まさに「デッキ」であり「こういう情報を揃えましょうよ」というガイドとしては十分すぎるほど強力なわけです。

これは、チームビルディングを行う上で重要な学びになって自分の中で活きています。

荒ぶる四天王

"太古の昔より、あらゆるプロジェクトは4つの固く結びついたフォースによって統治されておる。それが荒ぶる四天王、すなわち時間、予算、品質そしてスコープだ。
どんなプロジェクトにも奴らが待ち受けており、いつも必ず破壊と混乱を引き起こすのだ。すなわち、

  • スケジュールは圧縮される
  • 予算は削減される
  • バグのリストは長くなる
  • やるべきことは際限なく沸き出てくる

荒ぶる四天王のパワーは圧倒的だ。しかし、彼らを手なずけることもできる。そのためには、プロジェクトにおいて四天王の一人一人と調和を保ちながらうまく付き合っていく方法を学ばねばならん。"

Jonathan Rasmusson. アジャイルサムライ達人開発者への道 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1770-1778). Kindle 版.

「時間・予算・品質・スコープ」のうち、もし「時間と予算が固定されているなら、変動させるべきはスコープである」という考え方は、プロジェクト運用のあらゆる要素の基礎になるものだと感じます。
「品質を犠牲に」しているのであれば「それ(プロジェクトやその成功)はまやかしでない」とさえ述べられています。

これはイテレーションやタイムボックスの考え方と組み合わせると尚効果的になるなーとも感じていて、例えば「まずはテスト無しで書いて、スプリントレビューに持っていく」ことに対して抱く違和感を言語化してくれました。

具体的なプラクティス群

入門書で難しいのは、「背景・全体体系」のようなものも十分に抑えつつ、「じゃあそれはどうやっていけばいいの?」を埋めるための具体的・各論的なプラクティスの紹介です。「概念」だけでなく「現場に連れて帰る」ためには、いい感じな方法が知りたいもの。

その点で、本書は色々なプラクティスが紹介されています。
先に言及したインセプションデッキもその内の1つですし、その他にも「ユーザーストーリー、INVESTなストーリー」「ベロシティ、ストーリーポイント、バーンダウンチャート」「総体見積もり、三角測量」「プランニングポーカー」といったプラクティスが紹介されています。

そういった肉付けによって、チームを「少しアジャイルっぽくしていけそう」という道筋が浮かんでくるように思えるのです。

まとめ

そういった訳で、アジャイルサムライでございました。
本書は「とにかく軽いノリで気軽に読み進められる」という点が特徴だと思います。(ただ分量はそこそこあるかも。入門的な位置づけの本での336ページって話なので)
イラストやテキスト含め「変な(ユーモアのある)表現」は散見されますが、小難しい単語は少ないはずです。

気軽に手にとって、楽しみながら読んでみるとよいのでないかなーと思います。