「リーンエンタープライズ ―イノベーションを実現する創発的な組織づくり」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-5です。 adventar.org

day-5は「リーンエンタープライズイノベーションを実現する創発的な組織づくり」です。

どんな本

リーンシリーズの中で、(新しくマーケットに挑む)スタートアップではなく、既存のある程度の規模に成長した企業にどうやってリーン思考をインストールするか?を扱った本です。

"本書は、これから成功するには、戦略・文化・ガバナンス・製品やサービスの管理方法について、従来とは違った考え方が必要だと感じている、中規模から大規模な組織で働く人を対象としています。とはいえ、小規模な組織の役に立たないわけではありません。一部適用できないところがあるかもしれないというだけです。"

はじめに(P xvi)

とあります。

「リーンと呼ばれているものがどんなものか分かる」程度には基礎・概要も抑えているのですが、「最初に読む1冊」ではないかな?という印象はあります。リーン、DevOpsに関する基礎知識はあったほうが良さそうです。また、(特にエンジニアリングよりの)プラクティスについて知識を補充したい・・という人にはコストが高そうです*1

その代わりに、扱っているスコープが「文化」「戦略」「組織」「戦術・ツール・プラクティス」「運用」と幅広く重厚なものになります。
1冊を通して読んだ後に、「どうやって規模のある組織のスピードを上げていくか?」という問いに対しての著者の本気の姿勢のようなものをうかがえる気がします。

グッと来たポイント

リーンエンタープライズは人間のシステムである

これは1.1節の見出しです。

リーンやアジャイルなチームが採用しているツール・プラクティスに注目していては真のゴールには立ち向かえない。それらは単なる「対応策」に過ぎない。そうではなくて、組織文化が備わった所に自ずとそういった方法が現れてくるもの。
ハイパフォーマンスな組織を支える文化を作ることが勝負になる、リーン企業を理解するにはそうした人間的側面を理解することが最重要である。

といった旨のことが語られています。
小手先のHow-toやプラクティスは「とりあえずやってみる」のは難しくないとも思いますが、それはまったくもってゴールではなく、勝負を分けるにはそこにいる人達の振る舞いで決まる・・・というのは組織の大小を問わず共通の命題なのだな、と感じました。

一章では、続く節で「ミッション・コントロール」「ミッションの原則」「人材は競争優位である」という話が続きます。

この本の1番最初に述べる事項としてこれらが選ばれている、というのは非常に大きな意味を持っていると感じました。

イノベーション文化を育てる

これは11章のタイトルです。

1章において「創発的文化のある組織」というコンセプトが紹介されており、それこそがリーンな企業の特徴とされています。
そうした状態へ連れて行くために「イノベーション文化を育てる」のです。

この章でとりあげられているのは、例えば「学習することへの不安」と呼ばれる概念があります。
「生き残りの不安」と「学習することへの不安」という対比で紹介しており、「学習することへの不安を緩和し、相対的に生き残りの不安が大きな状態にする」ことが変革を成功させる鍵だとされています。
(ただし、もし「生き残りの不安」を増大させるようなアプローチを取れば、それは責任回避や政治的振る舞いといった態度に向かうことになるとのことです)
すなわち、(変革についていくためには)学習をしなければならないことを理解し、その前提を飲み込んでなお、生き残ろうと言う気力を持てる状態です。生き残らなければ、というストレスを与えつつ学習に対する恐れを軽減します。

なぜ「学習することに恐れを抱く」のか?
学習というのは自身をアップデートする挑戦でもあるので、そこには失敗するリスクがつきまといます。学習しても使い物にならなかったらどうしよう、自分は本当に上達するだろうか、学んでも役に立たないかも知れない・・etc

こうした不安を緩和していくには、組織が失敗を許容することです。
そして「11.2 安全に失敗できるようにする」につながります。これは、自身の学習としてもチームや組織における学習に対しても同様であり、「建設的な批判ができるか」といった点にもあると思います。
端的に、本書では

ハイパフォーマンス文化の組織では、事件や事故の後にポストモーテムを実施しています。ポストモーテムの目的はシステムの改善であり、避難することではありません。将来よく似た状況が起きたときに、情報とツールを自由に手に入れられるようにして、マイナスの影響を宣言するのです。

P242

と紹介しています。これも「失敗できる」の顕著な例です。

その後も、11章は「11.3 人材不足などない」というテーマに続くなど、個人的に共感しつつ鋭くて痛くもある主張だな・・・と感じます。
本書の中で、1章と並んで1番好きな章かも知れません。

まとめ

「リーンのやり方」というのにも十分に触れつつ、どちらかといえば「ハイパフォーマンスの組織づくりのためのマインドセット・リーダーシップ」を扱っている本だな、と感じます。
ページ数で言えば、確かに「文化」「リーダーシップ」を主題とした章は少ないものの、「何が必要か?」と問えば筆者は「身の回りから変革を起こし、組織を別の未来へと導くリーダーシップである」と答えてくれそうな気がしました。

最終章では

仕事のやり方を変えることの最大の障壁は、思い込みです。あまりに組織が大きすぎて、あるいはあまりに官僚的すぎて、変えることができない。特別な事情があって、本書で説明したプラクティスを取り入れられない。そのように思い込んでいるのです。

P317

と述べられています。
問題が「思い込み」にあるのだとすれば、真なる敵は自分自身です。

本書は「視座の高い」と感じる本ではありますが、全てを吸収できなくても、自分ができるところから動いていくのが大事だな〜と感じます。

*1:そのあたりは6-8章あたりで扱われてはいます