「Scrumban: And Other Essays on Kanban Systems for Lean Software Development」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-10です。 adventar.org

day-2は「Scrumban: And Other Essays on Kanban Systems for Lean Software Development」です。
12/3から始まった「リーン/カンバン祭り」が、本日で最終日です。

どんな本

スクラムに、よりリーンな実践を取り入れる」という事を志向したスクラムバン(Scrumban = Scrum + Kanban)という考え方があります。
本書はそんなスクラムバンについて書かれた本です。

スクラムの欠点を補完する」というよりかは、「アジャイルを超えてリーンに進む」ために「スクラムをカンバン色にしていく」ようなものであるように感じました。
ただし、ここでいう「欠点」というのは、スクラムが「絶妙なバランスを取って保護していた」部分のガードレールを取っ払うような印象も受けます。

スクラムとカンバンの、あるいはアジャイルとリーンの「どっちがいいか」は課題やチームによるし、「二者択一的な意思決定を迫られる」ものではなくて「適切な塩梅を見つけること」がリーダーないしマスターに求められることだと思います。
※ 本書中では「アジャイルとリーン」は別物であるように扱われているので、この記事中でも別物として扱います。*1なお、著者の主張のウエイトは「(可能であれば)アジャイルを超えてリーンに進め」であるかのように感じています。

スクラムバンについての情報をいくつか貼っておきます。

↓本書の著者による記事
www.agilealliance.org

スクラム、カンバン、スクラムバンの比較 blog.gurock.com

スクラムバンに対する批判 www.infoq.com

スクラムバンではなく、「スクラムにカンバンを融合した」考え方 medium.com

自分自身が本書を読んだきっかけは、新しいプロジェクトに取り組む際に「スクラムをしっかりやるには能力やリソースが足りない、明らかにScrum-butになるが何かプラクティスで補完する事は可能なのだろうか?」と探求して「スクラムバン」という概念に出会ったからでした。
うまく扱えるレベルまで紹介している情報がWeb上で見つけられなかったので、原典っぽい本を買ってみよう〜と思った次第です。

全体的に、「リーンについてもカンバンについてもスクラムについても理解している」というレベル感にある読者を想定しているような感じです。
実際、著者の表現を紹介すると

"I’ve been getting into a lot of detail about how to apply Lean ideas to software development. Perhaps I sometimes take it for granted that we understand why we should apply them."

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development . Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

と書かれています。(しかも70%強ほど読み進んだところでw)

お気に入りポイントかいつまみ

プロジェクトマネジメントにおける「バッファ」の考え方

「リソース効率(最適)」「フロー効率(最適)」については、「This is Lean」で詳しく扱われていてわかりやすかったです。
スクラムは・・というか本書の立場にたてば「アジャイルでは」ということになりますが、仕事量をタイムボックスで管理しています。
「一定期間に行える仕事量を(経験的に)算出して、そこに見合うプロダクトバックログをスプリントに組み込め」です。

プロジェクトマネジメントにおけるバッファとは、「計画を実行するために/進捗をブロックさせないために、理想的なI/Oに対してInputを増やすかOutputを減らして(妥協させて)、余裕をもたせるもの」です。
例えば、タイムボックスを用いてイテレーションを行っている場合は、時間辺りの創出価値が生産性なので、「仕事量を減らす」ことで時間にバッファをもたせます。
リソース効率ベースの場合は、作業リソースの使用率が生産性なので、「投入する機材や人員を増やす」ことでリソースにバッファをもたせます。 リーン思考の場合は、スループットが生産性なので、「仕事の無駄を減らす、フローを最適化する(止まっている仕事をなくす)」ことが是であり、例えば「在庫を減らす」という取り組みが行われますから、バッファをもたせるというのは「在庫を持つ(止まっている仕事を増やす)」ことになります。

本書を読んでいて「なるほど!」と思ったのは、カンバンにおけるバッファを持つとは、すなわち「作業フローに流せる(="ready"な)タスクを増やす」ことである、という点です。 極端に言えば、「よく見積もられて、詳細な仕様定義をもって完全にタスク分割が済まされたバックログがある」のは「無駄」という訳です。 この無駄を極限まで抑えて、かつ「ストップ」が発生しないようにする・・というのがカンバンの目指す理想状態*2です。 そのためには「在庫ゼロ」「WIP=1」が最も良い状態です。
ある意味、「ただし摩擦係数はゼロとする」とか「自宅から学校までの2kmを時速5kmで全く立ち止まること無く歩くタカシ君」みたいなものでしょうか。

"However, controlling the size of the buffers is still very important. The ideal buffer size is 0, because all buffers are waste, but if a buffer is necessary for synchronization, then the ideal size is 1. If the buffer size grows much bigger than one, then you might consider adjusting downward the WIP limit of the upstream state instead. Remember that the only goal of the kanban buffer is to create the appearance of instant availability downstream."

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development . Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

「1個流し」についての言及はこちら

"In pull scheduling, One Piece Flow is the ideal result. A Value Stream identifies all of the processing steps that are applied to component materials in order to make the desired product. "

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development. Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

ここから「スクラムの欠点」が説明されており、「10日後に必要になるバックログを、なぜ今の時点で用意しなければならないのか?それは在庫を抱えるのに等しい」という事になります。
在庫を抱えた時点で過剰在庫・破棄リスクが発生します。タイムボックス駆動での活動は、「明日の要求変更に応えられない」可能性があるのです*3。極限までリーンを実践しようとすれば「正しくない」のです。
刺激的な観点ではあるな・・・・と感じました。

カンバンのデイリースタンドアップ

XP・スクラムと同様にデイリーミーティングは実施可能なのですが、その中身がスクラムのデイリースクラムとは異なるようです。

  • デイリースクラム: メンバーが、スプリントゴールの達成の阻害要因になっていることをチームに共有する
  • カンバンのデイリースタンドアップ: ブロックされているものがある人がチームに共有する

大きく違うのは「期間が固定されたイテレーションがない」ことで「短期的なゴール」がないから、協働の仕方が変わるという面があると思います。
また、明確に「スクラムマスター」や「プロダクトオーナー」も置かない(決まりになっていない)ので、各々が自主的に自分の課題を取り扱うことを求められます(スクラムだと、スクラムマスターが補助したりします)。 また、カンバンにおいては全てがオンデマンドで行われるため、「止まっている・止めているものがあれば当事者同士で解決すればいい」「動かせるものがあればどのタイミングでも任意に動かしていい」という前提から「定期的な打ち合わせが、よりミニマム(無駄を削ぎ落とした)ものになる」ようになります。

・・・といっても、スクラムであろうと「自分たちでタスクを持っていい」し「手が空いたら翌朝を待たずに次に行っていい」だと思うので、やろうと思えば逸脱しない範囲内でも十分ににたやり方は出来る気もしますが。目的が「ゴールに行ける確からしさを高める」ではなくなるので、その点は明確に違いそうですね。

スクラムバンとは何か / スクラムチームがどう取り入れるか

コレが本書で得たいと思って期待していた部分。

スクラムバンは「徐々にリーンに移行していく」ことを目指して考えられているような雰囲気です。
その段階を「スクラムと互換性を持ちながらやるフェーズ」「スクラムから離れるフェーズ」に区分けしています。

前提として、本書が想定しているスクラム

  • スプリントプランニング時に、タスクをメンバーにアサインしている
  • タスクの管理(進捗のビジュアライズ)は、インデックスカードをホワイトボード上に貼って(=カンバンボード)管理している
    • to do / in progress / done
  • デイリースクラムは全員が喋るようにしている(”3つの質問”みたいなものを想定していそう)

他方で、カンバン/リーンなプロジェクトの肝は

  • フロー最適化
    • 在庫ゼロ、WIPの制限
  • プル駆動でのタスクフロ

あたり。

スクラムは「集中」と「学習効果を向上する・経験主義」のために固定されたタイムボックスを武器としますが、もはや「1ヵ月や1週間であっても、その間は在庫を持たなければいけない」というところを気にしているような雰囲気です。

"Once you’ve broken up the timebox, you can start to get leaner about the construction of the backlog. Agility implies an ability to respond to demand. The backlog should reflect the current understanding of business circumstances as often as possible. In other words, the backlog should be event-driven. Timeboxed backlog planning is just that, where the event is a timer, and once we see it that way, we can imagine other sorts of events that allow us to respond more quickly to emerging priorities. Since our system already demonstrates pull and flow, that increased responsiveness should come at no cost to our current efficiency."

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development . Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

まずは最初のフェーズに進む

A problem with the basic index-card task board is that there is nothing to prevent you from accumulating a big pile of work in process. Time-boxing, by its nature, sets a bound on how much WIP that can be, but it can still allow much more than would be desirable. If a kanban is a token that represents a work request, and our task board can still get out of control, then what is the problem here? The problem is that a kanban is more than just a work request on a card, and putting sticky notes on a whiteboard is not enough to implement a pull system.

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development . Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

とのことなので、この辺の「気になる所」を直していきます。

The simple approach is to start with Scrum-like iterations and iteration planning process, and begin to add pull features to the team’s internal process.

Ladas, Corey. Scrumban: Essays on Kanban Systems for Lean Software Development . Modus Cooperandi Press. Kindle 版.

これならすぐに出来るよね、ということで紹介しているテクニックが

  1. WIPの制限を設ける
    • これは「ブロックされている人」がWIPにあるものを助けに行く、というのを促す
      • これによってスループットを挙げる
      • ペアプロを含めたスウォーミングの実践や、タスクの更なる細分化ができるかな?
      • ※「WIPの制限」で「ユーザーストーリー(=顧客に提供できる価値の実装)」を制限して、その構成要素である「タスク」は同時に扱って良いんじゃない?って考え方は「カンバン仕事術」に
  2. タスクのアサインを遅延させる
    • (デイリースクラム等で)作業者が着手可能になった時点で、to doの最上部にあるタスクにサインアップする

ここまでで「プルシステム」を完成させ、更に「継続的改善を促すための強化」を提案しています

  1. レーンの分割: WIPを→分析/設計/実装に
    • WIP制限をかけている以上、「どこでブロックが発生するのか(ボトルネックの探索)」は不可欠になる
    • 「着手済み」だけだと、見える化の仕組みであるカンバンが提供してくれる情報が少ない
    • 工程を細分化することで、チームのウィークポイントや協働の促進を実装する
    • 障害点が自動的に顕在化してくる、という意味での「自働化」の要素とも言える
    • 更に、分割された各レーンにそれぞれ別個の制限数を設けることが可能
      • 肩書の少ないクロスファンクショナルチームが前提であるが、比較優位が働くようにアサイン・タスクの交換が進む方が全体効率が実現するので

こうして、「スクラムにリーンのワークフローを取り入れる」ことが可能になりました。

次のフェーズ: スクラムバン

いよいよスクラムのルールを逸脱します。
・・・といっても、チーム構成等は変わらない(変わらなくてもカンバンが実践できる)ので、可変要素は「アーティファクト」「イベント」のみです。

大きく言うと「スプリント」の概念が外れます。その結果、「スプリントプランニング」の中身が変わり、「スプリントレビュー」が無くなります。

ざっくりとまとめると、以下のようになるのでしょうか

  • 「スプリント」をやめて、いつでも「ユーザーが欲しい物に取り組める」ようにしろ
  • 「計画」「見積もり」のコストが高すぎる、やめろ
    • 「次にやるべきもの」にだけ集中していればいいから、計画はいらない
    • 「一定期間に入る量」を考えなくて良いのだから「1つ1つの大きさ」を考えるコストをなくして、その分は「価値生産」に振リ分ける
    • 定期的なプランニングミーティングは行ってもいいが、「これからの計画を作る」ものではなく「在庫が不足しているものを補う」ためのものになる
  • 「バーンダウン」や「ベロシティ」はやめろ
    • 「バーンダウン」や「リードタイム」は結果であり、チームのヘルスを測るなら「サイクルタイム」の方に意味を感じるようになるはず
    • サイクルタイムを用いれば、WIPの制限数や必要なバッファ、バックログをレディにすべきタイミングの最適化に利用できる

まとめ

アジャイルと言えばスクラムになってしまった」というのは「Clean Agile」でも指摘されており、また、なんとなく「最終的にはXPに向かう」「スクラムは入門に最適で、守破離を経てbe agileを進化させていくもの」なんて言説も見かけたりします。
そうした意味で、「アジャイルのその先」「スクラムを超える」という地平はどこかにはあるんだろうな、と感じます。

スクラムは「軽量」なフレームワークでありつつ守るべきものからしっかりと守ってくれているような価値がしっかりあります。どういったコンテキストにおいてどういう課題を解決しているのか?は、スクラムガイドよりも寧ろ「組織パターン」等を読むことで感じられる部分もあるかも知れません。
それゆえ、易きに流れる・・という判断は避けたいものですが、確かに「カンバン」ないし「スクラムバン」も面白そうなものを感じるのは確かです。

チームや隣接するステークホルダーのObserveから始めて、対話をしながら「何が必要か」と「次のステップ」を見極めながら組織を導ける人になってみたいものです。

という訳で、リーン/カンバン祭りはここまで!

*1:個人的には「発端や課題意識、主として扱う領域が異なる。が、アプローチや見いだされるプラクティスについては共通性も多いので、”厳密な違い”は実践においてそこまで気にする必要はないのでは?くらいの感覚でおります。今現在は。

*2:本書では、IFR: Ideal Final Resultという概念が紹介されていました https://www.slideshare.net/princesa.guacamole/ideal-final-result-presentation/4

*3:「スプリントの中止」をする権限をプロダクトオーナーが持つことについては、スクラムガイドでも言及されていますね

「今すぐ実践! カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-9です。 adventar.org

day-9は「今すぐ実践! カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント」です。

どんな本

「現場でカンバンをどう使っていけばいいですか?」について説明する本です。
取り扱う内容をカンバン(プロジェクトマネジメント)に絞って、コンパクトにまとめ上げています。
(類似のテーマを扱う「カンバン仕事術」が310ページ超あるのに対して、本書は150ページ弱となっています)

「〜に絞って」と言っているのは、例えば「リーンなチームを作る」「アジャイルのプラクティスを現場に導入する」という題材の本には、「不確実性に対処する必要がある、その意義とは・・・」「安全で自律的なチームを作るためには・・・」といった、ビジネスやチームのコンテキストを補うように「周辺の話題」も扱われているものが多いです。
本書では、そうした話題だったり、あるいは「哲学」よりの話は抑制されているのかな〜と感じました。その分だけ、プラクティスよりの話の濃度が高いです。

とにかく「現場にどう導入するか」に集中をしている本であり、例えるなら「マニュアル」や「ガイド」といった感覚で付き合えるようなものだと感じます。
その内容は指示的であり、「どうすればいいか?」という迷いを誘発させずに、極端な言い方をすれば「表面的に乗ってみる」ことすら可能だと思います。それを可能にしているのは、「心底理解させる」のに距離を置くべき所で距離を置き、その代わりに端的で密度の高い文章・説明を実現している点だと思います。実用書としての側面が目立ちます。

他方で、「こうした疑問が出るだろうな」という部分は先回りして答えてくれています。
多くの章で「チェックリスト」「大雑把なQ&A」が掲載されていることなどは、そうした性質をよく顕しているものだと感じます。

お気に入りポイントかいつまみ

「カンバンってどうやるんだろう」が一通り分かる

いわゆる「タスク一覧の視覚化ツール」としてのカンバンボードではなく、プロジェクトマネジメント手法としてのカンバンとは・・・?というのは、この1冊で大凡つかめるのではないかと思います。
少なくとも、自分自身がプロジェクトをデザインする側ではなく、カンバンを利用しているチームの一員になる!という場面にあるメンバーロールにとっては、この本を一通り舐めてみると「完全に理解」できるのでは、と思います。
(※根本的に「今のチームに最適な方法は何か?」を模索して結論を出す必要があるリーダーに対しては、個人的にはカンバン仕事術の方を推したいです。その上で、「大雑把なQ&A」「トラブルシューティング」「チェックリスト」+第8-9章に目を通してみる、というのは効果的かも知れません)

大雑把なQ&A、トラブルシューティング

本文の説明を(文量的な意味で)軽量化している反面で、「困りそうな部分」をピンポイントで補うようなフォローが手厚いです。

例えば、「第2章カンバンのクイックスタートガイド」は全体でP7〜P26というボリュームなのですが、「2.6 トラブルシューティング」にP18〜P25を割いています。
その内容は以下のようなものです。

  • 問題1: 中間ステップの作業項目がすべて完了しているためにブロックされる
  • 問題2: 1つ前のステップに完了している作業項目がないためにブロックされる
  • 問題3: ある作業項目のせいでステップに通常よりも時間がかかっている
  • 問題4: 絶えずブロックされる
  • 問題5: チームの外部からの入力を待っている作業項目がブロックされる
  • 問題6: バグがチームに影響を与えている
  • 問題7: 作業項目に設計作業が必要である
  • 問題8: 重要なレビュー、デモ、カンファレンスが迫っている
  • 問題9: 新しい作業、計画の変更、要件の更新
  • 問題10: 多忙なチームメンバーに作業項目を割り当てる必要がある
  • 問題11: 一度に複数の作業項目を担当したがるチームメンバーがいる
  • 問題12: ツールや自動化を改善する時間が取れない
  • 問題13: チームに新しいメンバーが参加する
  • 問題14: デイリースタンドアップミーティングで設計について話し合っている時間が長い
  • 問題15: デイリースタンドアップミーティングに参加できないチームメンバーが居る
  • 問題16: チームがプロセスの細かい部分に気を取られすぎている

他の管理手法からの移行について言及されている

個人的に「この本を特徴づけている内容だな」と最初に感じたのは、「第4章 ウォーターフォールからの適応」「第5章 スクラムからの進化」という章が設けられている点です。
とりわけ、スクラムの難しさや「守破離」の次のステップを目指している人にとっては、第5章のテーマは目を引くものなのではないでしょうか。

個人的な理解として、カンバンの方がスクラムより進歩的なものだと感じています。
それは「ルールが少ない」からです。ただし、スクラムにあるルールは「何を成し遂げたいか」「それに対してどういう罠に陥りやすいか」という観点でデザインされたガードレールだとも考えています。すなわち、そこを外れて自由度が上がりすぎることで失敗のリスクも高まるはずです。

いずれにせよ「プロセスやツールより対話を」重視するのが基本姿勢だと思いますので、「ちょっと気になったからどうなるか試してみる、その上で結果を測定してみる」のもアリでしょう。
その際にも、こうした「移行ガイド」があるのは有難いことです。

「どういう点が共通なのか、どういう点は考え方を改める必要があるのか」という説明をしており、含まれる内容としては「役割と用語のマッピング」「イベントの進化」等です。
もちろん「カンバンとは」といった話や「スクラムガイド」の内容を咀嚼して、自分なりに両者の繋がりを作る事は可能かと思いますが、「比較をすることを主目的として書かれた説明」というのは腑に落ちます。

また、「スクラムで守られていたがカンバンで失われる(失われそうで不安になる)点」については、「大雑把なQ&A」で拾われます。
例えば「スクラムマスターがいなくなる」事で(組織パターンで言う)防火壁が失われる点はどうか?定期的なフィードバックを顧客から取り入れることで適応的・漸進的な開発を実現していたが、タイムボックスがなくなるとどうなるのか?など。

まとめ

スクラムやカンバンについては「やさしい本」がたくさんあるので、そうしたものに比べると本書は少し「お硬い」ような印象を受けるかも知れません。また、「背景・理念」と「方針・方法」の比重が後者に寄っている(印象がある)ので、少し統制的で指示的な内容にも感じられそうです。

その辺りも踏まえつつ、文量がコンパクトによくまとまっており、タイトルの通り「今すぐ実践!」を実現していると思います。
マニュアル的な雰囲気の本だな、というのが個人的な感想です。

「スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-9です。 adventar.org

day-2は「スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術」です。

どんな本

スクラムの共同考案者でありスクラムの父と呼ばれる、ジェフ・サザーランド氏自身が、スクラムの誕生背景とともに「なぜ、スクラムなのか?」を語る本です。
技術要素はかなり少ないので、「ビジネスサイドの人」にも読んでもらいやすい内容だと思います。

"スクラムは誕生以来、ITの世界で新たなソフトウェアやプロダクトを開発する際の定番のフレームワークとなった。ただ、ソフトウェアやハードウェア関連のプロジェクトのマネジメントでは広く知られ評価されている一方、IT以外の分野ではあまり知られていない。この本が生まれた理由はそこにある。スクラムを使った仕事のマネジメント法を紹介し、IT以外のビジネスの世界に向けて解説するのが本書のねらいだ。"

ジェフ サザーランド. スクラム 仕事が4倍速くなる世界標準のチーム戦術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.69-73). Kindle 版.

(「はじめに」より)

では、どうやって「紹介し、解説」しているか?というと

  • 2章: サザーランド氏が米軍所属時代に学んだ経験(OODA的な行動原則)やその後の現場での体験で思考を深化させた過程(リーン的な思考、自己組織化など)と言った、「生い立ち」を引き合いに出してのスクラムの背景の紹介
    • もちろん「The New New Product Development Game」との出会いも
  • 3-5章: スクラムを取り入れる際に重要な要素(※スクラムガイドの「柱」とは別で)である、「チーム」「タイムボックス」「リーン/カイゼン」の紹介
  • 6-8章: スクラムを成功させるために必要な要素である「無理のない、現実的な取り組み(プランニング、Just In Timeな動き方)」や「優先順位」、「幸せに(人間的に、かつ意義のある)働くこと」の説明
  • 9章: IT分野以外でのプロジェクトにおけるスクラムの導入・活用エピソードの紹介

といった構成になっています。

その所々に「実際に筆者が出会った現場の話(炎上しているプロジェクトをどうやって導いたか!)」「自身の体験」などが織り交ぜられており、発明者の言葉で言及されることで「スクラムが、どうして・どうやって今の形になったのか?」について少しずつ納得していけるような形です。

今の時代に「スクラムを勉強する」ということは、既に名前がつけられて整えられたものに対して後追いするような形で識る・・・「まず公式を覚えてから、それを証明する」ような接し方になると思います。
一方で、この本は「生みの親」が生い立ちから語るものです。すなわち、「名前がつけられる前の出来事」だったり「どうやって発見したのか」について触れることが出来ます。

先日も触れたジョン・ボイド氏の話も出てきます。

スクラムの概要を理解してから読むことで面白みが増すと思いますが、必ずしも前提知識がなくても「なるほど、だからスクラムは効果を挙げられるんだね」というのが感じ取れるのではないでしょうか。

お気に入りポイントかいつまみ

スクラムの良さ」についての実体験が豊富に挙げられている

この本は、いわゆる「ルール本」のように「こういう仕組みになっています。実際にどう使われていくのかをみてみましょう」というものではなく、ある現場において何らかの課題があり、それを解決するための策が必要で、そうして生まれた取り組み方!のような”正引き”の順序で語られることが多いです。
平たく言えば「スクラムの元ネタ」を生みの親が語っている、とでもいうような。

また、軍隊での体験・経営学や組織理論・心理学など、スクラムは幅広い分野からエッセンスを取り入れているのだなぁという事も感じられました。

「非ソフトウェア開発者向け」であること

「開発チーム」「プロダクトチーム」でどうやっていくか?という視座は、ある意味で飛び越えて書かれている本です(勿論、その分だけ実践的な観点での解像度は下がります)。
その代わりに「スクラムは新しい働き方で、どのように世界を変えていくか」という地平で書かれているなと感じました。

実際に、第9章のタイトルは「世界を変える」です。

スクラムはソフトウェア開発の世界で始まった。今では、仕事という仕事のあらゆる分野に裾野を広げている。スクラムを採用しているプロジェクトは宇宙船の開発から給与支払いの管理、人材開発まで多岐にわたり、業種もファイナンスから投資、エンタテインメントからジャーナリズムまで幅広い。二〇年前、自分がソフトウェア開発を支援するために考案したプロセスが、これだけ幅広い分野で活用されているのを見ると感銘を覚える。スクラムは人の取り組みを後押しする。内容は問わない。
(中略)
アフリカで死んでいく人々や米国の学校で起きる暴力、人の上に立つ人が繰り返すうわべだけの行動といったニュースに、こんなものだ、仕方ないとあきらめるのは簡単だ。だがこうした困難な問題もスクラムを使って対処できる。今挙げた問題はどれも実際にスクラムを取り入れて解決に取り組んでいる人々がいて、ビジネスの世界と同様、目を見張る成果が上がっている。

ジェフ サザーランド. スクラム 仕事が4倍速くなる世界標準のチーム戦術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3194-3207). Kindle 版.

多様な領域でのスクラム事例を紹介する章になっているのですが、その内容は「教育現場」「社会問(貧困問題に取り組むNGO)」「政府」「創造的な企業での組織デザインの例」と多岐にわたります。

スクラムの理念や背景を共有することで、それが「小手先のフレームワーク」として捉えられずに、目の前の課題の解決の為に応用して実践できるポテンシャルがある・・というような事を語っているように感じました。

まとめ

スクラムって楽しいな、好きだな」と思っている人には一読の価値がある本だと思います。
「より実践的にスクラムを理解したい」や「自分のチームにスクラムを導入してみたい、入門してみたい」という要望に対しては、また違った情報リソースの方が役に立つものだと思います。
(もちろん、先述の通り「決してソフトウェア開発に従事したりプロダクトチームに居る訳ではないが、リーンやスクラムに興味がある(主に)ビジネスサイド」な人たちには、いわゆるビジネス書としてオススメできます)

個人的には、より「深み」を持って理解するための一助になるのではないか?と感じました。

「アジャイル開発とスクラム 第2版 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-10です。 adventar.org

day-10は「アジャイル開発とスクラム 第2版 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント」です。

どんな本

スクラムの祖父」野中郁次郎氏を含む、アジャイルスクラムの最前線やオリジンとも言える3名の共著・・・
(そしてジェフ・サザーランド氏へのインタビューも掲載されています)
なんというか豪華すぎる!って感じの面子です。

3部構成となっており、第1部こそ「アジャイル開発とは?スクラムとは?」といったプラクティス、ルール寄りの話も扱われるものの、基本的には副題にある通り「経営」や「組織」の話が主題といえます。どちらかというと、エンタープライズ系やSIerの組織内で管理側にいる人に向けた話題なのかな?と感じました。
(帯の言葉を借りれば 企業のリーダー層に向けた「アジャイル」と「スクラム」の解説書 です。)

そのため、「スクラムってどうやるんだ?」とか「導入のための手引」に関しては重く扱われておらず、それよりも「アジャイルスクラムによって、組織に何がもたらされるか?」という目線です。

・・・と言いながら、読後の感想としては「この本で言いたかったことは第3部に詰まっているな」という感じです。
アジャイル開発とスクラムを考える」という部になりますが、出てくる話題は「The New New Product Development Gameの再考」「知識想像」「実践知リーダー」と進んで、「野中・平鍋対談」にて対話とリーダーシップに関する話を掘り下げてフィニッシュです。

単なる「開発プロセス」としてのスクラムに留まらず、スクラムガイドが掲げる「より⼤きな組織に奉仕する真のリーダー」であったり、ScrumMasterWayの提唱する「Entire System」のレベルに共感したり惹かれたりしている人にとっては、この第3部は必読だと感じます。

お気に入りポイントかいつまみ

読むとエネルギーが湧いた気がする

2021年は、CSMを取得した流れで初めてアジャイルスクラム系のコミュニティのイベントに参加したのですが、登壇者や参加者のエネルギー量が凄いなぁと感じました。
(初めて参加したのが Scrum Fest Osaka 2021で、尋常じゃないタイムテーブルに圧倒された・・・という印象も強いかも知れませんがw)

なんというか、参加者同士が持つ創発的なエネルギーや、「(マネジメント3.0で語られているようなニュアンスでの)職場をもっと幸せなコミュニティにしたい」という場の空気を感じられました。

そんなエネルギー、パッションみたいなものを本書を読んで思い出しました。(特に第3部)

「原点」に立ち返って考えるスクラム

第10章「竹中・野中のスクラム論文再考」では、「論文のスクラム」と「アジャイルスクラム」を比較して論じています。
自分は本の論文をまだ読んだことがないのですが・・・
根底にあるコンセプトや全体性はほとんどそのまま継承されている、としつつ「ソフトウェア開発の文脈との比較」「スクラム(ガイド)では、どこにあたるのか?」といった観点で説明されています。
強いコンセプトを持つオリジナルに遡って知ることは、例えば「アレグザンダーのパタン・ランゲージに触れてみる」のような、自身の認識をアップデートすると同時に、原初たる方向性を確認することにつながってちょっとした自信のようなものを得られると思います。

更に、10章の後半にはサザーランド氏へのインタビューが続きます。これもまた原点を知れる嬉しいコンテンツです。
氏の原体験や視点については、先日紹介した「スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術」でも学ぶことができますが、本書では「竹中・野中がどうやって活きているか」や、やはり出会うべくして当該の文献に出会ったということで、「そもそも、なぜそうした組織・働き方に関心を持っていたのか。何を望んでいたのか?」が語られています。

このあたりは、やはりスクラムに惹かれた人間からしてみるととても面白いのです。

まとめ

全体的に、「(本や研修だったり実践を通じて触れている人にとっては)スクラムについての新しい知識・テクニックを提供する」という本ではないかも知れません。
ただし、第一人者たちの語る言葉には力があるなとも感じ、読後感としては「スクラムっていいよね、もっと楽しくできそうだな」と励まされたような気持ちになりました。

1人で読むより、同じような仲間たちと「どの部分が良かった?」なんて感想を言い合うのが楽しい本かも知れません。

「カンバン仕事術」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-8です。 adventar.org

day-8は「カンバン仕事術」です。

どんな本

ソフトウェア開発の文脈における「カンバンって何だ、どう凄いんだ?どう使っていけばいいの」という問いに答える本を1冊挙げろ、と言われたらこの本の名前を出すと思っています。
文体はカジュアルより(ゆるいイラストのキャラクターがでてきます!)だし平易でありながら、プラクティスの解説や背景理論の紹介も取り扱っている本です。

カンバンのコアである「スループットを計測せよ」「フロー効率を挙げろ、WIPを制限しろ」の実践方法を説明してくれます。
個人的には、This is Leanで「フロー効率」に関する理解を得て、この本で「カンバンとは?どう使うか?」を学んでみると、明日からでもやってみたいような気持ちになりそうだな!!と感じています。

基本的には、架空のチームが「うまくいくためにカンバンに取り組んでいく」という体裁になっており、1つ1つのプラクティス、それが必要となるコンテキスト、採用に際して心得るべきポイントを紹介していくような流れです。
そのため、「どんな事をすると良いか」の紹介が具体的になっています。
(読みながら「詳細すぎるな」と感じる部分は、パパっと読み飛ばしてしまっても問題ないはずです。そうした読み方をしても迷子になりにくそうだな〜と思うのは、ひとえにとっつきやすい文体と丁寧な説明が行われているからです)

お気に入りポイントかいつまみ

カンバンについてわかりやすい、やってみたくなる

個人的に、この本に注目したのは「スクラムをやるか・・?しかし、ちゃんとしたスクラムをやるには必要な条件が満たせなそうで曖昧なものになりそう。となると、プラクティスを削って"Scrum But"になってしまうのが関の山に感じる。アジャイルに動けるように志向したいが、うまく失うものを抑えて取り組めることはないか・・?」という流れでカンバンに興味を持ったからでした。

この本はその期待に十分に答えてくれます。

最初に「まず、こういう事をやってみましょう」というプラクティスやルールを説明したあとで、徐々にリーンの哲学についての言及も増やしていっているような流れに感じました。
そうした構成もあってか、「手軽にやってみてOK」というメッセージを発しているような印象を受けました。 「説教臭さ」みたいなのは少ないと思います。

「WIPの制限」について知ることが出来る

色々な原則や理論が(当然ながら)紹介されていますが、カンバンについてしっかりした知識がない状態で本書を手にとった自分にとっては「WIPの制限」というコンセプトがとても新鮮に感じられました。
その前提となる「バッチサイズを小さくする」という話も勿論扱われており、そうした上で「カンバンというプラクティスを最も効果的にしていくには("ならでは”の価値を生むには)、WIPの制限だな」という感想を持ったのです。

この辺りは、

  • 5章: 仕掛り作業
  • 6章: WIP制限
  • 7章: 流れの管理

で紙面を割いて丁寧に掘り下げられています。

ただの「タスク管理ツール」としてのカンバンを使ったことがある人であれば、3,4章はについては目新しい情報は少ないかも知れません。
自分にとっては、5章からが「カンバン」やこの本自体の本領発揮だなーという風に感じました。

カンバンをベースとした(生産性の)改善

11章に「改善のガイドとなるメトリクスの使用」という章があります。
継続的な改善ができるかどうかが、真の意味での「よい取り組み・プラクティス」といえるかどうか?の境目ではないでしょうか。
そうした意味で、「何をやっていくべきか」までしっかり抑えられているのは嬉しいです。

具体的には、以下のメトリクスについて解説されています

  • サイクルタイム
  • リードタイム
  • スループット
  • ボードにある課題やブロッカーの数
  • 納期遵守率
  • 価値要求と失敗要求

その上で、どう見える化するか?について2つの図を紹介しています

  • 統計的プロセスコントロールチャート(SPCチャート)
  • 累積フロー図(CFD)

何をするにしても一定期間が経つと「自分たちはうまく行っているのだろうか?」という心配がつきまといます。
その時に縋り付ける情報・テクニックがあるのはありがたいなーと思います。

まとめ

カンバン/Kanbanについて初めて学んだ本が、カンバン仕事術でした。
(恐らく非常に良い選択をしたと思っています。)

スムーズに行って気持ちのいい開発は楽しいもので、そのために状況やチーム課題にあった取り組み方を選べるように、引き出しを増やしておきたいものです。
そのためには「広く・本質的に知る」ことが欠かせません。

カンバンについては、この本がそのための案内人たる1冊になってくれるのではないでしょうか

「 アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方―――一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-8です。 adventar.org

day-8は「アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方―――一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術」です。

どんな本

タイトルからしても、これが何で「スクラムとかの本のアドベントカレンダー」に入っているのか・・?という感じかもしれませんが。
「自己管理型チーム」そして「どのように実現するか」について書かれた本、としてココに置いています。
リーダーシップ論的な内容になりますが、チームを理想状態に連れて行くミッションを持っているスクラムマスターにとっては非常に深く関係する話だと思います。

CAL-1の研修でも事例として紹介された内容でした。 (確か認定スクラムマスター研修を受けた際にも紹介された、という気がしていたのですが・・記録が確認できなかったので不確か)

www.youtube.com

本書の内容は、研究や理論に裏打ちされた話をベースに、事例を紹介していく!!
という方向性のものではなくて、あくまでデビッド・マルケ氏の行ってきたことを紹介するという内容です。
そのため、ある意味では「成功者の自慢話」という属性もあると思います。眉唾に思えるかも知れません。
しかしながら、そこにあるのは確実に具体的なアクションであり、読者はリアルな印象を受けながら読み進めていくような体験になると思います。

いかに部下にとっての安全性を育むか、その安全性をしっかり活かせるように「自分の頭で考える・判断する」ように仕向けるか、失敗への向き合い方、自己効力感を高めたり、「全体を見る」ことの重要性と効果を現場に根付かせるか・・・などなど、理想的な組織像・リーダー像が描かれています。

お気に入りポイントかいつまみ

「綺麗事」で終わらせない「変革」の生み出し方

1冊を通じて、随所に「ただの理論・理想で終わらせずに、徹底的にそこへ向かうリーダーシップ」が描かれています。 そして、その態度は徹底して自責的です。

心に残った箇所をいくつか挙げると、

"真のリーダーシップとは、「教訓」ではなく、「実例」によって示されなければならないのだ。"

マイケル・アブラショフ. アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.366-367). Kindle 版.

人は言葉を喋りますが、心からの理解を生むのは難しいものです。
「実例」というのは、考える人にとって最も説得力を持つ形なんだと思います。

"私自身は、自分が思うような結果を部下たちから得られなかったときには、怒りをこらえて内省し、自分がその問題の一部になってはいなかったかどうか考えた。自分自身に次の三つの質問を投げかけたのである。
①目標を明確に示したか?
②その任務を達成するために、十分な時間と資金や材料を部下に与えたか?
③部下に十分な訓練をさせたか?"

マイケル・アブラショフ. アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.379-384). Kindle 版.

これも中々に胸に刺さる言葉・・・
ただ、「どうして動かないんだ、あちらにどんな原因があるんだ」と考えるより「自分がもっと出来ることがあるだろうか?」と捉えるのはヘルシーなことだと思っています。
(そういう考えに至ったのは、本当にココ数年ですが。。)

とりわけ「目標を明確にしたか」というのは、最近しばしば考えることもあったので、改めて大事にしたいなぁと思わされました。

自信は伝染する。うぬぼれだろうが見えすいた言葉だろうが、大きな成果がある。実際にはまだいちばん優秀と認められていたわけでなかったが、われわれは確実にその〝ゴール〟へと向かっていた。

マイケル・アブラショフ. アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.593-595). Kindle 版.

これは、「他の艦隊に向けて、自分たちの船を”最も優れた艦”と称した」というくだりの後に繋がっています。
「言葉一つで揺るぎない信頼を築く」として語られており、そうした「隅々での配慮・振る舞い」が大きな自信につながるんだなと考えると。
力強く前に進む際に、個人であれ集団であれ、自信は非常に重要なものだと思います。その「自信をどう作るか」みたいなヒントは、いくらでも引き出しに入れておきたいものです。

まとめ

とにかく「心から部下を信じる」ということを徹底的にやっている、というのが本書の物語への感想です。
ただし、それは「先天的な楽観主義」や「ある種の悟り」によるものなのではないと思います。
自身の経験も踏まえて、その「他人を信じる、他人の存在に尊敬の念を向ける」というのをやろう!!という意志と努力、信念や忍耐を感じました。

まず「読んでいて元気をもらえる本」であったし、その上で心に刻みたい文章がいくつも散りばめられていました。
また折に触れて手にとってみたいな、と思います。その時々でまた新しい発見がありそう

「OODA LOOP(ウーダループ)―次世代の最強組織に進化する意思決定スキル」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-7です。 adventar.org

day-7は「OODA LOOP(ウーダループ)―次世代の最強組織に進化する意思決定スキル」です。

どんな本

スクラムの考え方にOODAループが大きな影響を与えている、という言及のされ方をチラホラと見かけるので、このカレンダーに入れています。

OODAループについてはコチラ。 ja.wikipedia.org

さて、本書は「OODA LOOP」というタイトルであり、実際に行動ツールとしてのOODAループを取り扱っています。
しかし、実際には「OODAループ的な思考態度で動ける組織を、どう作れば良いのか?」というのが主題であったように感じます。
むしろ「ビジネスノウハウ」的な観点で言えば、これよりも適切な本があるかもしれません。
いってみれば、「スクラムはタイムボックスベースで高頻度なコミュニケーションを用いてすすめる開発手法」と捉えるか「スクラム自己完結型組織の実現を目指して、よりよいコミュニケーションを実践しながら適応的な動きを志向したもの」と捉えるか?くらいの違いがありそうです。

という訳で、「その考え方がなぜ大事なのか」「それが重要になる局面とはどのようなものか」が分かる本です。

「日本語版への序文」の一節で、その雰囲気が感じられるでしょうか。

企業は調和のとれた情勢判断を活用し、「暗黙のレパートリー」(implicitrepertoires)を拡充していく必要がある。すなわち、フォーマルな審議や官僚的手続きを抜きにして、共通の情勢判断から迅速かつスムーズに一連の行動が実行されなければならない。暗黙のレパートリーとは暗黙的に実行される行動の束のことを意味する。
本書は、これをいかにして実現することができるのかについていくつかのアイデアを提供する。その結果、『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事が結論づけているように、ベストな企業は新しい方法を創造するのである。OODAループ・モデルはまた、チームメンバー間で類似した情勢判断を醸成する学習ループを含んでいる。その学習プロセスのなかで新しい行動が暗黙のレパートリーに加えられていく。

チェット リチャーズ. OODA LOOP(ウーダループ)次世代の最強組織に進化する意思決定スキル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.108-116). Kindle 版.

お気に入りポイントかいつまみ

OODAループについて勘違いをしていた!と思った

PDCAサイクル」と比較することもあってか、よく「観察→情勢判断→意思決定→行動」という流れをたどるものであると言われる気がします。 しかし、理想的なOODAとは「暗黙的な情報をそのままにしてでも、状況に応じて高速に進める」ことであり「それが適わない場合においてのみ、”意思決定”のステップを挟む」とされています。

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そして、これ(理想のフロー)を回せる組織は強力な優位性を確保できます。

また、もう1点の自分の中で更新された知識としては「観察」についてです。
以前は、かなり受動的に「あるがままを認める」的なパートなのかと考えていました。主観を挟まずに、ニュートラルな状態で判断をするような。

しかし、実は「主体的に情報を揃えろ」という事になっています。
なんというか、前提として「戦場・空中線で勝ち抜くために考えられたもの」であるので、本当に一刻の余裕もないな!という感じです。
以下の一文が端的に「観察」を語っているのではないでしょうか。

まず、観察は単に「見る」(see)以上のことを意味する。「吸収する」(absorb)という言葉のほうが、その消極的な意味合いがなければ、より適切かもしれない。「外に出て、可能であればどのような手段をとってでもあらゆる情報を取ってこい」という文章のほうがさらに真意に近いだろう。

チェット リチャーズ. OODA LOOP(ウーダループ)次世代の最強組織に進化する意思決定スキル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1615-1617). Kindle 版.

「最強組織」になるために必要なこと

先程、「意思決定」を挟まずに進めるのが理想という点に言及しました。
すなわち、「上司の判断を待たずに動ける」ことで機敏で適応的な行動につながるようなイメージです。 本書では「皮膚感覚で判断する」という表現が頻繁に用いられています。

そのためにはどうするか・・・?というと、「考え方を揃えておく」というものです。
ここで「ミッションを理解し、浸透しておく」といった、言ってしまえば「いつもどこかで聞くような」話になっていきます。
アジャイルな組織づくりでも見かけるし、「ユニコーン企業のひみつ」でも書かれていたし、結局の所は組織の末端まで「自分の脳みそで動ける」ことが不確実性の時代における競争力の源泉なのだな・・・と感じました。

本書の主題は(副題を見て分かるように)組織づくりに置かれています。
例えば第4章「OODAループはビジネスに何をもたらすか」や第5章「OODAループを高速で回すための組織文化」などは、非常に興味深いのではないでしょうか。

まとめ

軍事ものとしての側面もあったり、「読み物としても興味深いな」と感じる面も多くありました。他方で、人によっては「少し冗長かも・・・?」と感じられる面もあるのかも知れません。

個人的には、「期待していたものをいい意味で裏切られた」という面で予想以上の内容でした。 読む前は「OODAループって、何となく知っているけどどういうものなんだろ〜」が知りたかったわけですが、蓋を開けたら「機動戦を制するための指南」という感覚のほうが近いです。そして、それは「単なるツール」を超えて「どうやって備えておくか = 組織を作っておくか」の方が寧ろ重要になってきます。

もし興味を持った人がいたら、巻末にある「訳者解説」をめくってみると雰囲気が分かりやすいかも知れません。

最後に2箇所ほど引用して、本日の記事を終わりにしたいと思います。

たとえば、本書でも強調されているように、OODAループは「観察」→「情勢判断」→「意思決定」→「行動」と時系列な段階を経て進展していくことを想定しているのではない。それは暗黙的コミュニケーションに失敗した場合であり、理想は、「観察」→「情勢判断」→「行動」のサイクルである。

チェット リチャーズ. OODA LOOP(ウーダループ)次世代の最強組織に進化する意思決定スキル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.4698-4701). Kindle 版.

ここにあるように「失敗した場合であり」というのは、なかなか衝撃的な見方でした。

機動戦とは決して「鳴かぬなら鳴かせてみせよう」という奇策のことではない。あくまでも事実を素早く観察し、そこから事態の趨勢を判断し、決断につなげていくことである。つまり、「形」を観察しつつその背後にある「勢い」を洞察することがOODAループを効率的に回していく鍵だと思われる。情勢判断であるOrientがビッグOと呼ばれる理由はここにある。
このOODAループを単なる仕組み、ハウツーとしてだけ捉えたとすれば、その本質を見逃したことになるだろう。老子孫子リデルハート→ボイド、という系譜に共通する糸は、できるだけ戦いを避けるという不争の徳であり、無の働き、勢いの流れ(それはしばしば心理的な勢いとなる)に逆らわずにしたがうということ、そして、その勢いの方向性を有利な方向に展開するように、形を通じて間接的に働きかけるということである。

チェット リチャーズ. OODA LOOP(ウーダループ)次世代の最強組織に進化する意思決定スキル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.5266-5274). Kindle 版.