「This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-6です。 adventar.org

day-6は「This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント 」です。

どんな本

day3-day5で「リーンソフトウェア開発」についての書籍を取り上げてきましたが、こちらは「ソフトウェア」な本ではないです。
より純粋(?)に、「リーンとは何であるか」を解説した本です。
確かに、タイトルの通り「これがリーンだ!」という所に注目している内容でした。「どうやるか」みたいなHowToやプラクティスの話でなく「リーンそのもの」が本書のスコープです。

まえがきより。

本書の目的は、シンプルにすることの美しさを明らかにすることにある。〝リーン方式〟に関連する用語や方法論の誤解を取り除き、「ジャスト・イン・タイム」や「見える化」などの主要原則を用いたフローの効率という基本に立ち戻り、リーンの意味を再定義する。

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.32-34). Kindle 版.

どのくらい「具体的でない」か?というと、恐らく多くの人が「リーン(手法)」と聞いた時に想起するであろう「(固有名詞としての)カンバン」が本書には1度もでてきません!(「ビジュアルプランニング」という単語は5回でてきています)
そうではない道筋で「リーンとは」を説明しているという事になります。

そうした「ツール」「各論」的な材料の代わりに、本書では2種類の効率性に終始一貫して注目しています。
原著の副題が「Resolving the Efficiency Paradox」であるように、リーンとは何であるのか(何を解決しようとしたものなのか、どういった点でパラダイムシフトをもたらしたものなのか)を「効率性」の観点から説くのです。

それが、「リソース効率」と「フロー効率」でした。

監訳者まえがきに以下のような表現があります。

"リーンを正しく理解し、組織的に実践していくためのカギは流れにある。本書のキーコンセプトとなる〝フロー効率〟という概念だ。本書はあらゆる業種・業態の組織が手持ちのリソースの稼働率ばかりに目を向ける〝リソース効率偏重〟主義から脱却し、フロー効率を用いて顧客ニーズの芯を捉えた活動に焦点を当てるリーンの実践を行うための枠組みを提供する。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.49-52). Kindle 版.

では、「フロー効率に注目して生産活動を行う?」というのは、一体・・?という答えがこの本の中にあります。
「価値に直接結びつく活動」以外を「ムダ」なものとして、「リーン = 無駄をなくす」ようにしたい!という考え方に至るのですね。

加えて、「なぜリーンなるものの正体がわかりにくいのか?」についても課題意識を持って語っています。

"あまりにもたくさんの本が出ているので、何がリーンで何がリーンでないのか、よくわからない。リーンのことを哲学や文化、あるいは原則などのような抽象的な概念として説明する本があるかと思えば、働き方、方法、ツール、あるいはテクニックなど、もっと具体的なものとしてリーンを扱う本もある。誰からも受け入れられている共通の定義は一つも存在しない。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1361-1364). Kindle 版.

いわく、「リーン」と一口に言っても「着目している抽象度が違う」と。
「今、フルーツ(群)が食べたい?それともりんご(カテゴリ)?それとも青りんご(バリエーション)?」という質問を例に引きながら、次のように説明します。

”このようにたくさんの定義が存在するという事実が、リーンがさまざまな抽象度で定義されていることの明らかな証拠だ。これらの定義を抽象度ごとに分類するには、次の三つのレベルを区別しておく必要がある。
* フルーツレベル(哲学、文化、価値、生き方、考え方としてのリーン)
* リンゴレベル(改善法、品質システム、生産方式としてのリーン)
* 青リンゴレベル(メソッド、ツール、無駄の排除としてのリーン)"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1392-1397). Kindle 版.

本書は、主に「フルーツレベル」の話を扱います。
「具体に固執すると、しなやかさを失って適用範囲が狭く、脆いものになる」というのはソフトウェア開発者であれば共感しやすいのではないでしょうか。

お気に入りポイントかいつまみ

「フローとは」がわかりやすかった

冒頭でいきなり架空のエピソードから入るのですが、重大な病気が疑われたので検査にかかろうとした患者の目線で

  1. 近所の病院に行き、精密検査が必要になったので紹介状を書いてもらい、そっちの病院でも別の検査が必要になり・・・という例
  2. ワンストップでの検査サービスを提供している病院があり、即日で検査が終わって・・という例

を挙げています。

病院サービスの価値の享受者は患者ですから、「作業時間あたりの生み出した価値」という点で、2の方が高効率となります。これが、フロー効率だと。
逆に、1の例は「専門領域ごとに分断されている」ことによって、提供側の稼働効率 = リソース効率は上がります。

リーンソフトウェア開発においた、よくフロー効率は「カンバン上にユーザーストーリーがINしてから、デプロイされるまで」のような説明をされますが、個人的には「頭では理解できるけど、それがどれだけ良いものかは腑に落ちてないかも?」という感覚もありました。
この本を読むと、ユーザーストーリーや実装されるべきフィーチャーが「潜在的な価値を持った塊」のようなものに思えて、確かに「仕掛りの時間をなるべく抑えることが重要だ」と感じられたのでした。

第1章〜第3章にかけて、フロー(効率)とはどのようなものであるか?を丁寧に説明しています。
そのうち、第3章においては「なにがフロー効率を妨げるのか」という理論を説明しており、他の本で「リトルの法則」「ボトルネックの法則」について触れたことがある人にとっては馴染みがありそうな話です。あるいは、それらの本を読んでもし「ピンとこなかったなぁ」と感じているのであれば、本書はオススメできます!

効率性マトリクス

「すべて100%フロー効率に振るべきだ!それが完璧なリーンである!!」としないところが、個人的なお気に入りポイントの1つです。
むしろ、「巷では、まるで「リーンが良いものである」というのが自明の理のように扱われることで、批判や検証が不可能なものになっている」と指摘した上で「リーンの意義を相対化して扱う」ことにも試みています。

"自明の理を避けるためにも、リーンが何のために存在しているのか、何のためではないのか、はっきりと理解することが大切だ。リーンの助けを借りてどのゴールを目指せばいいのだろうか?どのゴールを目指すべきではないのだろう?リーンはとにかくいいもので、いいものは何でもリーンだ、というわけではない。リーンとは、分かれ道に立つ選択肢なのである。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1503-1506). Kindle 版.

リソース効率とフロー効率をそれぞれY,X軸にとり、4つの象限を形成するマトリクスが示されています。

リソース効率もフロー効率も共に100%であることが理想状態だ!(しかしそんな事は不可能だ!)
では、「どちらを選択」すれば良いのだろう?そもそも、「なぜ不可能」なのか、何によって妨げられるのか・・・?
といった話題を扱ってでてくるのが、「効率性マトリクス」です。

いわく「変動」であり、「どんなニーズが生まれ得るか?(ex: 顧客のリクエストはどんなものがあるか?)」の予測が難しい。これが「フロー効率」を引き下げるフォースになる。「常に供給可能で、しかも信頼できるリソース(ex: 十分なパフォーマンスと機能を持ち、かつ絶対に故障しない機械。どんな仕事もできて絶対に体調も崩さない従業員)」を確保することは難しい。これが「リソース効率」を引き下げるフォースになる。

こうした変動の存在やその度合によって、「どこまでリソース効率とフロー効率が下がるか」が決定されるという考え方です。 これを用いれば、「フロー効率(リソース効率も)をもっと高められるか・高めるべきか」を整理して考えやすくなりそうです。

こうした「バランスを取っていく」という考え方や、あるいは「目標状態(x,yで座標を考える)」を設定しえるのかな?という観点は、なるほどなぁと思いました。

「ムダ」と「二次ニーズ」

顧客の価値に直接的につながるものを一次ニーズ、そうでないものを二次ニーズと呼んでいます。
リソース効率偏重は多くの二次ニーズを生みやすいものである、というのが本書の主張です。

例えば「生産機の稼働を100%にして(リソース効率)、多くの在庫ができたので、それを保管するための倉庫に移さなければ」というのが二次ニーズの例です。いわば、仕事のための仕事という感じでしょうか。

自身の仕事や職場を思い返してみると、随分と二次ニーズにあふれているなぁと思ったのでした。

"二次ニーズは組織にとって有害だ。なぜなら、それらは私たちが「余計な仕事」と呼ぶもの、つまり二次ニーズを満たすためだけに必要な追加の仕事をもたらすからだ。余計な仕事は、言い換えれば無駄ということ。なのに、私たちはそれが無駄だと気づかないことが多い。価値を増やしている、と私たちは考えるが、実際にはそうではないのである。それでもなお、二次ニーズを満たすことをやめるわけにもいかない。"

二クラス・モーディグ,パール・オールストローム. This is Lean 「リソース」にとらわれずチームを変える新時代のリーン・マネジメント (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1025-1029). Kindle 版.

「仕事が忙しいのに価値が生まれていない」みたいなのは辛いものです。
例えば「アプリケーションのバグがあるから直さなければ」は、あくまで顧客を守るためのものですが、そうした「ニーズ」は本来は必要なかったものだとも言えます。こうした話は、フロー効率やリーンとは関係ないかも知れませんが、正に「仕事のムダが如何に恐ろしいものか」という点では共通するものを感じざるを得ないのでした。
そして、スループット時間の長大化が多くの二次ニーズを生んでいるとしたら・・?それは見過ごしたくありません。より、フローの観点からの効率化をやる意義があるな!と感じます。

まとめ

Kanbanの本などを読むと「TOC理論」が根拠として用いられていますし、そこで語られるのは「確かにリソース効率100%って危ういんだね」という感想をもたらすと思います。
背景に「フロー効率を上げるべきだ!!」があるわけです。

本書は、そうしたリーンの土台となる「フローとは?」という考え方を丁寧にまとめているなぁと感じました。
また、「青りんご」の話まで踏み込まないことで、1冊を通じて話題が散逸しなくて済んでいるのも理解の助け、ひいては読書体験の向上になっています。

「リーンエンタープライズ ―イノベーションを実現する創発的な組織づくり」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-5です。 adventar.org

day-5は「リーンエンタープライズイノベーションを実現する創発的な組織づくり」です。

どんな本

リーンシリーズの中で、(新しくマーケットに挑む)スタートアップではなく、既存のある程度の規模に成長した企業にどうやってリーン思考をインストールするか?を扱った本です。

"本書は、これから成功するには、戦略・文化・ガバナンス・製品やサービスの管理方法について、従来とは違った考え方が必要だと感じている、中規模から大規模な組織で働く人を対象としています。とはいえ、小規模な組織の役に立たないわけではありません。一部適用できないところがあるかもしれないというだけです。"

はじめに(P xvi)

とあります。

「リーンと呼ばれているものがどんなものか分かる」程度には基礎・概要も抑えているのですが、「最初に読む1冊」ではないかな?という印象はあります。リーン、DevOpsに関する基礎知識はあったほうが良さそうです。また、(特にエンジニアリングよりの)プラクティスについて知識を補充したい・・という人にはコストが高そうです*1

その代わりに、扱っているスコープが「文化」「戦略」「組織」「戦術・ツール・プラクティス」「運用」と幅広く重厚なものになります。
1冊を通して読んだ後に、「どうやって規模のある組織のスピードを上げていくか?」という問いに対しての著者の本気の姿勢のようなものをうかがえる気がします。

グッと来たポイント

リーンエンタープライズは人間のシステムである

これは1.1節の見出しです。

リーンやアジャイルなチームが採用しているツール・プラクティスに注目していては真のゴールには立ち向かえない。それらは単なる「対応策」に過ぎない。そうではなくて、組織文化が備わった所に自ずとそういった方法が現れてくるもの。
ハイパフォーマンスな組織を支える文化を作ることが勝負になる、リーン企業を理解するにはそうした人間的側面を理解することが最重要である。

といった旨のことが語られています。
小手先のHow-toやプラクティスは「とりあえずやってみる」のは難しくないとも思いますが、それはまったくもってゴールではなく、勝負を分けるにはそこにいる人達の振る舞いで決まる・・・というのは組織の大小を問わず共通の命題なのだな、と感じました。

一章では、続く節で「ミッション・コントロール」「ミッションの原則」「人材は競争優位である」という話が続きます。

この本の1番最初に述べる事項としてこれらが選ばれている、というのは非常に大きな意味を持っていると感じました。

イノベーション文化を育てる

これは11章のタイトルです。

1章において「創発的文化のある組織」というコンセプトが紹介されており、それこそがリーンな企業の特徴とされています。
そうした状態へ連れて行くために「イノベーション文化を育てる」のです。

この章でとりあげられているのは、例えば「学習することへの不安」と呼ばれる概念があります。
「生き残りの不安」と「学習することへの不安」という対比で紹介しており、「学習することへの不安を緩和し、相対的に生き残りの不安が大きな状態にする」ことが変革を成功させる鍵だとされています。
(ただし、もし「生き残りの不安」を増大させるようなアプローチを取れば、それは責任回避や政治的振る舞いといった態度に向かうことになるとのことです)
すなわち、(変革についていくためには)学習をしなければならないことを理解し、その前提を飲み込んでなお、生き残ろうと言う気力を持てる状態です。生き残らなければ、というストレスを与えつつ学習に対する恐れを軽減します。

なぜ「学習することに恐れを抱く」のか?
学習というのは自身をアップデートする挑戦でもあるので、そこには失敗するリスクがつきまといます。学習しても使い物にならなかったらどうしよう、自分は本当に上達するだろうか、学んでも役に立たないかも知れない・・etc

こうした不安を緩和していくには、組織が失敗を許容することです。
そして「11.2 安全に失敗できるようにする」につながります。これは、自身の学習としてもチームや組織における学習に対しても同様であり、「建設的な批判ができるか」といった点にもあると思います。
端的に、本書では

ハイパフォーマンス文化の組織では、事件や事故の後にポストモーテムを実施しています。ポストモーテムの目的はシステムの改善であり、避難することではありません。将来よく似た状況が起きたときに、情報とツールを自由に手に入れられるようにして、マイナスの影響を宣言するのです。

P242

と紹介しています。これも「失敗できる」の顕著な例です。

その後も、11章は「11.3 人材不足などない」というテーマに続くなど、個人的に共感しつつ鋭くて痛くもある主張だな・・・と感じます。
本書の中で、1章と並んで1番好きな章かも知れません。

まとめ

「リーンのやり方」というのにも十分に触れつつ、どちらかといえば「ハイパフォーマンスの組織づくりのためのマインドセット・リーダーシップ」を扱っている本だな、と感じます。
ページ数で言えば、確かに「文化」「リーダーシップ」を主題とした章は少ないものの、「何が必要か?」と問えば筆者は「身の回りから変革を起こし、組織を別の未来へと導くリーダーシップである」と答えてくれそうな気がしました。

最終章では

仕事のやり方を変えることの最大の障壁は、思い込みです。あまりに組織が大きすぎて、あるいはあまりに官僚的すぎて、変えることができない。特別な事情があって、本書で説明したプラクティスを取り入れられない。そのように思い込んでいるのです。

P317

と述べられています。
問題が「思い込み」にあるのだとすれば、真なる敵は自分自身です。

本書は「視座の高い」と感じる本ではありますが、全てを吸収できなくても、自分ができるところから動いていくのが大事だな〜と感じます。

*1:そのあたりは6-8章あたりで扱われてはいます

「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-5です。 adventar.org

day-5は「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで」です。

どんな本

背表紙の「本書の特徴」には、「アジャイルをこれから始める人だけでなく、もっとうまく実践したい人にも最適」と書かれています。
という感じで、アジャイル(主にスクラム)の入門〜チームへの導入くらいの位置づけの本です。

レベル感としては、SCRUM BOOTCAMP THE BOOK以上アジャイルサムライ未満な感じがしますが、この3冊については特に読む順番などは気にせずに「入門者におすすめできる、読みやすい本」と言えると思います。

架空の開発会社の小説をベースに、各章が「ストーリー」「解説」という構成で話が進んでいきます。
筆者ら自身が「これまで経験し、実践してきたことを下敷きにして、どのようにして初めて、周りを巻き込み、前進していくのかを具体的に示し」たとのことです。そのおかげで、とても現場感のあるストーリーであり解説になっていると思います。
(もちろん、主人公の吸収力や成長はすごいですが!)

スクラムを導入するぞ!」という目線ではなく、「どうしたらチームでより良い働き方が出来るんだろう?」という課題に対して、アジャイルスクラムのプラクティスがインストールされていくといった流れになります。
主にアジャイルコーチ役のキャラクターがプラクティスの輸入元です。終盤に向かうにつれて、主人公自身が自律的になり、チームも自己完結型といえる状態に進歩していき、複数チームの協働へと至ります。その要所要所で、価値や原則からコミュニケーション設計までをも含めて「前に進むために必要なこと」が取り入れられていく感じです。

扱われているのは、タスクマネジメントや「見える化」・バックログの管理やユーザーストーリー(PBI)・チームビルディングのプラクティス・ふりかえり・VSMなどのリーンよりのツール・・と多岐にわたります。
しっかり深く解説しているか?というと、文量や難易度とのトレードオフがあるので致し方ないのかなと言う面もありますが、それでも要所をしっかり抑えているし説明も平易なので十分に掴みやすい内容になっています。深堀りしたかったり体系だった知識を求めるようであれば、巻末の参考文献に当たることが可能でしょう。

お気に入りポイントかいつまみ

読みやすさがとても工夫されている

「小説仕立てのビジネス書」のようなものが嫌いでなければ、こうした「段階的に取り入れ、漸進していく」というテーマにこの形態はとても相性が良いなと感じました。
主人公が直面している課題や抱えている悩み、そこに師匠との出会いによって試練を乗り越え、「良い実践が自分や周囲を成長させた」のもわかるし、また「その前との差分」も感じ取りやすくなっています。つまり、「どういった課題が解決されたか」を主人公の表情(テキストですが)からも汲み取れるような。

その他の登場人物もキャラクターが立っているので、「あぁやっぱコイツはそういう事言うよね、わかる、厄介だな」なんて思いながら読みすすめることができました。

・・・しいていえば、チームの状況(特に序盤)が悪すぎて読んでて魂が濁るかも知れない

網羅的なプラクティス群

スクラムはシンプルなフレームワーク」なのですが、それを現場で実践するには中身が必要で、基本的には様々なプラクティスを用いて補完していくことになるかと思います。
どういう時に(コンテキスト)、何を使うか(ソリューション)?の組み合わせが重要になってきますが、その取捨選択は手腕を問われるものです。特に、「それっぽいのを表面的に取り入れた」ではミスマッチが起きる可能性もあり、ヘロヘロになりかねません。

その点、本書は形成期〜機能期までその時々に応じたプラクティスを、時に背景理論の説明も交えながら扱っていきます。
「一見うまく行ってたのにワークしなくなる」という状況設定も取り込んで、チームのむきなおりもテーマにしたり・・というのは生々しくて良いよな、と感じたポイントの1つ。

「越境」というキーワード

この主人公は「周囲に影響し、変革をもたらすエージェント」として描かれており、ムーブメントを起こす人物です(になります)。
小さなうねりをどうやって拡大していくか・・・?というのは、どの組織においても課題になるものだと思いますが、本書は一貫して「越境」というテーマを扱っています。
1人から他の個人へ伝播し、所属しているチームを巻き込み、そのチームが真の意味でチームとなり、組織のレイヤーでチーム外も巻き込んでいく・・という流れです。
(読み物なので、ハイペースではありますが)一歩一歩乗り越えていくんだな、という物語になります。「どうにかして殻を破る必要がある、境界線を超えていく必要がある」のをこの物語は知っているのです。

単なる「スクラムを導入しよう」というよりも大きな「越境をする」といったテーマの本でもあり、勇気をもらえるような気がします。

まとめ

入門書的の中でも、何となく「今からリーダーをやってみようという状況にある部下や後輩」とか「初めてチームを持ったけど悩んでいる」みたいな人に渡したくなる本かなー?いう気がしています(続編の「チーム・ジャーニー」と悩みそうですがw)。

平易で読みやすいながらも、メリハリのある本なので充実感はあると思います。

「リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-4です。 adventar.org

day-4は「リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~」です。

どんな本

オリジナルは2003年ということで、アジャイルマニフェストがまとめられた2001年から数年ほどの世界に生まれた本になります。
本書の著者2名が「リーンソフトウェア開発」の生みの親であり、もっと言えば「アジャイルマニフェストができた頃にはなかった言葉」が生まれたのが、この本が世に出た時代ということになります*1

そのため、「工業製品の生産におけるやり方」を「いかにソフトウェア開発に適用できるか?」という、今のような「(ソフトウェアの)リーンありき」ではない視点で書かれているのが本書です。そうした背景を踏まえた上で、副題「アジャイル開発を実践する22の方法」に目を向けると、その意味合いが少し味わい深く感じ取れるのではないでしょうか。

まえがきを見ると、著者らが「アジャイルなプロセスが、なぜ正しい(本質的に証明できる)のか」について考えている際に、工業製品の現場などで以前から取り入れられている「リーン手法」に多大なヒントを得て、「ソフトウェア開発でも、もっと”無駄”をそぎ落とせる」ことを学んだのだ、と分かります。
「価値を素早く、無駄なく届ける」ためのヒントを紹介するのが本書です。

22(節)のプラクティス・視点を、7つ(章)の原則に分類して*2紹介されています。 最終章となる8章は、これらの原則を「どうやったらスムースに適用できるか」を述べているものです。

ということで、目次の一部を引用しておきます。

  • 第1章 ムダを排除する
    • リーン思考の原点
    • ツール1: 無駄を認識する
    • ツール2: バリューストリーミングマップ
  • 第2章 学習効果を高める
    • ソフトウェア開発の性質
    • ツール3: フィードバック
    • ツール4: イテレーション
    • ツール5: 同期
    • ツール6: 集合ベース開発
  • 第3章 決定をできるだけ遅らせる
    • コンカレント開発
    • ツール7: オプション思考
    • ツール8: 最終責任時点
    • ツール9: 意思決定
  • 第4章 できるだけ速く提供する
    • ツール10: プルシステム
    • ツール11: 待ち行列理論
    • ツール12: 遅れのコスト
  • 第5章 チームに権限をあたえる
    • 科学的管理法を超えて
    • ツール13: 自発的決定
    • ツール14: モチベーション
    • ツール15: リーダーシップ
    • ツール16: 専門知識
  • 第6章 統一性を作りこむ
    • 統一性
    • ツール17: 認知統一性
    • ツール18: コンセプト統一性
    • ツール19: リファクタリング
    • ツール20: テスティング
  • 第7章 全体を見る
    • システム思考
    • ツール21: 計測
    • ツール22: 契約
  • 第8章 使用説明書と保証書

お気に入りポイントかいつまみ

7つの原則

どんなものも中心には原則を据えて話をすることが多いですが、特に本書で挙げられている7つの原則は共感しやすいものが多いな、と感じました。 やるべきなのは「ツールを活用する」ことではなく、「原則に従う」ことなのだなぁと改めて思います。

結果として、 「アジャイルって、結局のところ何を目指すんだっけ?」をイメージしやすい本であるとも感じました。 本書は、「他の業界の動き方をソフトウェア開発に適用する」という野心に溢れたものであって、ある意味では「前提(リーンソフトウェア開発とは?)を共有していない人にどう説明するか」が目的になります。
そういう理由から、全体を通じて「なぜ必要か」「それの良さはどこか」について論理だって説明されているように感じました。価値(アウトカム)に直結するようなソフトウェア開発を、という挑戦が見て取れました。

スクラムにせよカンバンにせよXPにせよ、「どういう状態を目指したいか」でいえば「適応的に動いて、無駄を排除して成功率を上げよう」であり「臨機応変さを手に入れるためにはモチベーションの統一とコミュニケーションを大事にしよう」なのかな?と思います。
それらが、「7つの原則」という形でまとめ上げられて、各章では「それ(原則)は何であるか」という解説から始まって、その実現のためのツールが並んでいきます。

「リーンソフトウェア開発」というカタログだったりフレームワークがあるからそれを説明しよう!という訳ではないし、あくまで「アジャイルを目指すための取り組み方」という視点での話、でもあるのです。

書かれている内容は、至極真っ当だと感じます。

「リーンっぽい」部分

言い方が適切かはわかりませんが、リーン開発の本なので当然ながら「このあたりがリーンぽいよな」と感じられる内容がふんだんに取り上げられています。言い換えると、「スクラムについての勉強をしてもあまり言及されないような、プロセス/プロダクト改善に役立ちそうなプラクティス」です。

例えば「無駄を排除する」ではバリューストリームマップの話がでてきます。「開発を早くするためにペアプログラミングをしよう」とか「バグを減らすために開発者がテストを書こう」といった話よりも外側の、「開発工程全体でのボトルネックを探り、認識しよう」という話です。

第3章「決定をできるだけ遅らせる」にて取り上げられている、「コンカレント開発」「ツール7: オプション思考」「ツール8: 最終責任時点」「ツール9: 意思決定」は、コレも(最初の原則である)「ムダを排除する」の実現のために「最終的に価値のあるものを作るが、そこに至る過程で手戻りや非効率をなくせ」といった話に感じました。
これはアジャイルマニフェストの「計画に従うことよりも変化への対応を」あるいは背後にある原則の「要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。」に直結しているようにも感じます。

それ以外にも、(カンバンの形に至る)「プルシステム」「待ち行列理論」の話も、自分の中にある「リーンといえば?」のイメージに応えるものでした。

まとめ

全編に渡って、とても重要で視座の高いことが書かれているなぁと感じます。
アジャイル関連のツールや思考について、「何がどれ(のプラクティス)か?」を考えることにはあまり意義を感じませんが、例えば「スクラムの勉強をしている」という人にも薦めてみたい本であると言えます。何となく「別物」と感じて遠ざかっている・・のであれば勿体ないな、と。
(そもそも、スクラムガイドには スクラムは「経験主義」と「リーン思考」に基づいている。 と書かれていますし、間違いなく「リーン的」なものを学ぶ価値は高いと感じますが。)

*1:興味深い記事。とても参考になります https://fkino.net/20141014.html

*2:まだ手に入れられていないのですが、「リーン開発の本質」では「リーンの7大原則 」が紹介されているとのことです

「アジャイルサムライ」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-4です。 adventar.org

day-2は「アジャイルサムライ」です。 カレンダー1がスクラム、カレンダー2がXP/リーン/カンバンという(ゆるい)区分けをしているので、この本についてはどっちに入れるんだろう?XP寄りか・・?という気もしたのですが、「自分がスクラムを学び始めた時に、この本も読んだから」という主観的な理由でコチラに含めています🤗

どんな本

スクラムアジャイル開発をやるに際して、「最初に何を読んでみると良いですか?」と聞かれたらSUCRUM BOOTCAMP THE BOOKか、本書「アジャイルサムライ」と答えるかと思います。

スクラムを」って質問だったら、まずはBOOTCAMPでそれからアジャイルサムライを〜ってなりそう。
翻訳の角谷さんによれば

"2010年頃から「アジャイル開発に興味あるけど、どれか1冊読むならどれがいいか」みたいな質問される機会が増えてきたんですが、なかなか最初に読める手頃な本がなくて……。『アート・オブ・アジャイルデベロップメント』(オライリージャパン)は良い本なんだけど、ちょっと興味がある人の最初の1冊としては大部だなと。"

アジャイルアカデミー「アジャイルサムライの見積りと計画づくり」はどうやってうまれたのか? (1/3):CodeZine(コードジン)

とのことで、やはり「入門書として推せる」ような難易度・網羅性・そして本質的であり実践的であるよな書籍だと思います。

個人的には、読者の声にある次の書評が好きw

"最初は、軽いノリの入門書だろうと高をくくっていた。「マスター・センセイ」だし、そもそも「サムライ」だし。でも、そんなに甘くない。軽い文体とは裏腹に、アジャイルな開発のありかたが、きわめてロジカルかつ網羅的に語られている。ありそうで、なかった本。手元に置いておけば、きっといいことがあるはずだ。

➤和智右桂『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』訳者"

Jonathan Rasmusson. アジャイルサムライ達人開発者への道 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.42-47). Kindle 版.

まさにその通りだなーと。Head Firstシリーズほどには軽妙さに倒してないですが、十分に「ノリが軽い・・というか独特なノリだな!!」って気はします。もしかしたら、それで読む人を選んでいるような面はあるのかも。

アジャイルとは何か」「アジャイルなチームとはどういうものか」を示すと同時に、「アジャイルになっていくには、どこからやればいいか(そのための道具箱)」をしっかりと解説してくれている一冊だと思います。
内容の網羅性については、目次(部のタイトル)を見ると雰囲気がつかめるかと思います。

「価値・原則」から始まり、「アジャイルなチーム」を扱った後に「プロジェクト」の話をして「開発」です!
アジャイルの背骨たる価値・原則については勿論のこと、そこに続くトピックについても、その内のどれが欠けても「うまくいかない」もしくは「効果が著しく失われる」というようなものであり、一気通貫で読めるのは有難いことです。

決して「スクラム」の本ではありませんが、「スクラムかどうか」を気にするのであれば、この本の内容を踏まえながら、スクラムガイドに従った行動を組織したらそれはスクラムになるんじゃないかな?という気はします。

本書で扱われているプラクティス、もしくは本書が起因となり流通したプラクティスが、そのうちのいくつかは「アジャイルサムライを読んだことはないけど知っている」というレベルで広く知られていると感じます。それが、この本の影響力を物語っているのではないでしょうか。
(そのうちの1つは「インセプションデッキ」だと思います)

特にグッと来てるポイント

初めて出会った時に、というよりも現在の視点で振り返っても「すげーいいなぁ〜」と思っている箇所など

インセプションデッキ

これについてはあんまり説明不要かな?と思ってはおりますが。
「開発の話」を中心に考えていた自分にとって、例えばそれは(技術的なプラクティスだけには限定せずとも)要件定義や見積もり、優先順位付けやデリバリーの問題が頭を占めていました。
ですが、「チーム作りをする / チームになる」ためのツールが紹介されているわけです。
めちゃくちゃ詳細に紹介されているか・・?というと、例えば「ワークショップのための手順」みたいなレベルで説明されている訳ではありませんが、まさに「デッキ」であり「こういう情報を揃えましょうよ」というガイドとしては十分すぎるほど強力なわけです。

これは、チームビルディングを行う上で重要な学びになって自分の中で活きています。

荒ぶる四天王

"太古の昔より、あらゆるプロジェクトは4つの固く結びついたフォースによって統治されておる。それが荒ぶる四天王、すなわち時間、予算、品質そしてスコープだ。
どんなプロジェクトにも奴らが待ち受けており、いつも必ず破壊と混乱を引き起こすのだ。すなわち、

  • スケジュールは圧縮される
  • 予算は削減される
  • バグのリストは長くなる
  • やるべきことは際限なく沸き出てくる

荒ぶる四天王のパワーは圧倒的だ。しかし、彼らを手なずけることもできる。そのためには、プロジェクトにおいて四天王の一人一人と調和を保ちながらうまく付き合っていく方法を学ばねばならん。"

Jonathan Rasmusson. アジャイルサムライ達人開発者への道 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1770-1778). Kindle 版.

「時間・予算・品質・スコープ」のうち、もし「時間と予算が固定されているなら、変動させるべきはスコープである」という考え方は、プロジェクト運用のあらゆる要素の基礎になるものだと感じます。
「品質を犠牲に」しているのであれば「それ(プロジェクトやその成功)はまやかしでない」とさえ述べられています。

これはイテレーションやタイムボックスの考え方と組み合わせると尚効果的になるなーとも感じていて、例えば「まずはテスト無しで書いて、スプリントレビューに持っていく」ことに対して抱く違和感を言語化してくれました。

具体的なプラクティス群

入門書で難しいのは、「背景・全体体系」のようなものも十分に抑えつつ、「じゃあそれはどうやっていけばいいの?」を埋めるための具体的・各論的なプラクティスの紹介です。「概念」だけでなく「現場に連れて帰る」ためには、いい感じな方法が知りたいもの。

その点で、本書は色々なプラクティスが紹介されています。
先に言及したインセプションデッキもその内の1つですし、その他にも「ユーザーストーリー、INVESTなストーリー」「ベロシティ、ストーリーポイント、バーンダウンチャート」「総体見積もり、三角測量」「プランニングポーカー」といったプラクティスが紹介されています。

そういった肉付けによって、チームを「少しアジャイルっぽくしていけそう」という道筋が浮かんでくるように思えるのです。

まとめ

そういった訳で、アジャイルサムライでございました。
本書は「とにかく軽いノリで気軽に読み進められる」という点が特徴だと思います。(ただ分量はそこそこあるかも。入門的な位置づけの本での336ページって話なので)
イラストやテキスト含め「変な(ユーモアのある)表現」は散見されますが、小難しい単語は少ないはずです。

気軽に手にとって、楽しみながら読んでみるとよいのでないかなーと思います。

「リーン開発の現場」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h② Advent Calendar 2021」のday-3です。 adventar.org

今日から12/10までは「リーン/カンバン祭り」です。連続的に、リーンやカンバンを中心的な話題として扱った本を取り上げていきます。

day-3は「リーン開発の現場」になります。

どんな本

読みやすい文章でワクワクする内容、そして180ページほどのボリューム!という嬉しいことづくめの本です。
タイトルに相応しく、「リーン開発を現場に取り入れていることで、(問題と効果の両面で)何が起こるか?」を叙述した本です。
何というか、「こういう事が起きました」「だからこういう風にしたんだよね」を、副音声付きで聞いているような感じがしました。

個人的には、「まずはちょっとアジャイルやリーンとかの概要・原則を知ってから読むと、内容が入ってきやすいのかな?」と思います。平たく言えば、「リーン開発を知ってみたい」と思って「1冊目に読むべき本」とはちょっとズレるのかな?と。

ただし、文体含め内容的には小難しくなく、背景・原理の解説も丁寧に施されているので、そんなに気にすることもないかもです。
「この本の対象読者」には、「チームリーダー、マネージャー、コーチ」が主な対象である旨が述べられている一方で、「必ずしもマネジメント側や開発者でなくても、ソフトウェア開発者やリーンに興味がある人には役に立つ部分もあるはず」とも説明されています。実際、「(工業)製品開発のやり方をソフトウェア開発に適用したもの」がリーンの生い立ちであることを考えると、「業界に関係なく役に立つ部分がある」だろうとうのは道理です。
そんな訳で、「リーン(開発)って何?」というよりは「リーン開発を取り入れていくには?」に興味のウェイトが置かれる人がメインなのかな、と感じるところです。
(まえがきの言葉に従えば、「アジャイルやリーンの初心者であっても心配しなくてもいい。」であり、17章の言葉を借りれば「おそらく,この本を読んでいるほとんどの人は、アジャイル愛r−ンの原則について基本的な知識を持っていると思う。」です。)

それにしても、「角谷信太郎 監訳/市谷聡啓・藤原 大 共訳」であり、また冒頭の読者の声に「メアリー・ポッペンディーク(リーン開発の本質などの著者)」「ケント・ベック」「ウォード・カニンガム」がいきなり並ぶなど、かなり”信頼できる1冊”感が激アゲです。

著者のヘンリックさんについては、読後に何となくなツイートしたらこのようなRTを頂きましたw

(”ジョナサン”氏のアジャイルサムライについては、day-4で扱います)

お気に入りポイントかいつまみ

段々と現場が良くなっている感がワクワクする

カイゼン・ジャーニーやSCRUM BOOTCAMP THE BOOKほど「チームが進化していく物語」ではありませんが、本書の前半(第1部)は1つの企業(スウェーデン警察のプロジェクト)において「とても大きなプロジェクトの中で、どのようにカンバンとリーンの原則を適用したかがわかるように事例を紹介」するものになっています。
実体験に即しながら所々のプラクティスを適用していく感じは、導入される各プラクティスに「必要性、求める効果」についての納得感を持たせてくれました。

その雰囲気は、目次を見ることで何となく感じ取ることが出来るでしょうか。

  • 第1章 プロジェクトについて
  • 第2章 チーム編成
  • 第3章 デイリーカクテルパーティーに参加しよう
  • 第4章 プロジェクトボード
  • 第5章 カンバンボードをスケールさせる
  • 第6章 プロジェクトのゴールを追え!
  • 第7章 準備OKを定義する
  • 第8章 技術課題をさばく
  • 第9章 バグをさばく
  • 第10章 継続的プロセス改善
  • 第11章 WIP をマネジメントする
  • 第12章 プロセスメトリクス
  • 第13章 スプリントとリリースの計画
  • 第14章 バージョン管理の方法
  • 第15章 アナログなカンバンボードを使う理由
  • 第16章 僕たちが学んだこと

これによって、例えば「カンバンとはこういうものである」という定義の話より踏み込んで、「こうしたいから、カンバンをこう使う・こういう風に変える」といった事例にも触れていけるのです。

「柔軟」な開発アプローチが語られている

リーン開発にも「ルール、べき」だったり中心的なアプローチはあると思いますが、(特にスクラムからアジャイル似興味を持った人などは)「やらなきゃいけないこと」を意識したくなるかも知れません。
この本では、あくまで「現場の課題を解決するために、手法を導入する」という態度が強く見られます。
もっといえば、まえがきにある「注意してほしいこと」において次のような記述があります。

ボクは自分たちのやり方が、完璧にリーンであるとは主張しない。リーンは向かうべき方向であり、ゴールではない。 継続的な改善。これがリーンソフトウェア開発のすべてなんだ。 (中略)
だから、実践してきたことは、期せずしてアジャイルの原則に多くの点でとても一致している。

(Px まえがき)

逆に言えば、「こういう方法を使うべきだよね」という語ではなく、「こういうところを解決すべきだよね」が自ずと先に語られるようになるわけです。

印象に残っている箇所を具体的に1点挙げるなら、「12章 プロセスメトリクス」の章にあるコラムで「なぜ本番リリースまでのサイクルタイムを計測しないの?」があります。
一般的に、「サイクルタイム(スループット)」を扱う際には、「リーン開発で行いたいのは素早く・持続的に顧客に価値を届けること」という原則に従って「本番でプロイされるまで」「Time to Market」が想起されると思います。 しかし、本書の事例の環境では「受け入れテスト準備OK」を終点としてサイクルタイムの計測をした、と。
受け入れテストを経てリリースサイクルが完了するまでの工程が、「かなりがっちりと決められていたこと」が問題だと述べられています。そして、それは「ウォーターフォールから移行したことの名残とも言える……。」とも。
それ故に、このような対応が採択されたのです。プロセス上で自分たちがコントロールできるのが「受け入れテスト準備OK」であること、また「僕らの経験だと、深刻な問題は受け入れテスト中にめったに見つからなかった」ことが材料として挙げられています。すなわち、「ワークフローの中でも、「受け入れテスト準備OK」までのサイクルタイムを計測すれば、問題発生のリスクが高い部分をカバーすることができた。僕らにとってはそれで十分だったんだ。」と説明できるわけです。

このような著者の態度は、ただの「理想論」ではなく「現場」の話なんだな〜と説得力を増しています。

まとめ

コンパクトなボリュームでありながら、とても咀嚼しやすい学びが盛り込まれた本でありました。「実践的・現場的」なのが特徴だと思います。
写真や図、イラストが割とふんだんに盛り込まれていることも、「つかみやすさ」の一助となっているように感じます。

「速習!リーン開発」的なものを求めている人におすすめしたいような1冊です。

「SCRUMMASTER THE BOOK」

この記事は 「ひとりでアジャイルo0h① Advent Calendar 2021」のday-3です。 adventar.org

day-3は「SCRUM BOOT CAMP THE BOOK」です。

どんな本

表紙の装丁から、SCRUM BOOT CAMPの続編のようにも感じるかも知れませんが、これは別物です。
(もちろん、SCRUM BOOT CAMPで学んだ人が、その後の道程でこの本を読んでみるのは素晴らしい体験になると思います。)
前者は日本語で執筆された本であり、こちらは翻訳本になります。

ざっくり言ってしまえば「スクラムマスターってどんな事をする人なの?」について示してくれる本です。
ただし、「はじめてのスクラムマスター」ではありません。インターネットミーム的に言えば「完全に理解した」人たちに向けた本だと思っています。
つまり、スクラムマスターのロールを担って熟達していくに際しての「形式知」から「実践知」へと結びつけてくれるような内容が扱われます。

アジャイルの中核的な価値観や原則、そしてスクラムについての基礎知識を持っている人が対象読者となります。
また、「本書の対象読者」では「スクラムマスーとしての経験があること」も併せて前提としている、と説明されています。

「日本語版に寄せて」から、本書の特徴を端的に示していると感じる部分を2つ抜粋するとこんな感じ。

"かつての組織になかったロールなので、スクラムマスターはなんのためにいるのか、いったいなにをすべきかがよく誤解されます。しかしこの本を使うことで、スクラムマスターは自分の考えを整理できるし、チームメンバーとマネージャーとのコミュニケーションにも生かせます。中でも、スクラムマスターの役割を兼務するときの落とし穴と自己組織化したチームはどうあるべきかの部分は特に役立つと思われます。"

Zuzana Sochova. SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意メタスキル、学習、心理、リーダーシップ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.106-109). Kindle 版.

そして、その直後に

"本書の著者が頻繁にワークショップを開いていることは、読みながら強く感じ取れます。なぜかというと、これは読み物より、ワークブックであるからです。各キーポイントのあと、読者はそれが自分にどう当てはまるか、自分の仕事にどう応用できるかを考えるよう求められます。こういったエクササイズをしっかりとやっておけば、この本の価値は随分と上がるでしょう(個人的には「アジャイルの車輪」を顧客と一緒にぜひやってみたいと思います)。"

Zuzana Sochova. SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意メタスキル、学習、心理、リーダーシップ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.110-114). Kindle 版.

と述べられています。

目次を見るだけでも「この本が、いかに「スクラムマスターのルール」よりも踏み込んだ、「スクラムマスターとしてどう発展していくか」を扱った本である」という様子が感じ取れると思います。

  • CHAPTER 1 スクラムマスターの役割と責務
  • CHAPTER 2 心理状態モデル
  • CHAPTER 3 #スクラムマスター道
  • CHAPTER 4 メタスキルとコンピタンス
  • CHAPTER 5 チームを構築する
  • CHAPTER 6 変化を実装する
  • CHAPTER 7 スクラムマスターの道具箱
  • CHAPTER 8 私は信じています

スクラムをうまくやるために」ではなく「良いスクラムマスターであるためには」の本であり、実際に「具体的なknow-how、tips」を扱うよりも「スクラムマスターとしてのあり方」が中心的な話題です。
それは、副題に「メタスキル、学習、心理、リーダーシップ」とあることにも着目すると、なんとなく期待すべきことが透けて見えてくるのではないでしょうか。

とはいっても、高圧的だったり説教じみていすぎることはなく、あたたかみのあるイラストと優しい語り口で紡がれた温かみのある1冊です。

お気に入りポイントかいつまみ

偉大なるスクラムマスター / あるいは #スクラムマスター道(#ScrumMasterWay)

「お気に入りポイント」というか、本書を貫く根底のコンセプトが「偉大なるスクラムマスター」であり、「#スクラムマスター道」です。
そもそも、書籍の原題が「The Great ScrumMaster: #ScrumMasterWay」であることが重要です。

本書では、スクラムマスターの役割について一般的な説明より幅広い定義を与えています。#スクラムマスター道のコンセプトを用いて、偉大なスクラムマスターの行動を3つのレベルで定義します。スクラムマスターであり続けることは、アドベンチャーゲームをプレイするのと似ています。あなたはゲームの途中でいくつかの道具を拾いますが、はじめから道具の使い方を知らなくても大丈夫です。時には創造的にさまざまなやり方を試し、時には大胆な一歩を踏み出す必要があります。時にはやけくそになり、やめたくなることもあるでしょう。でもその後、ある状況においてうまくいく、これまでと違う方法があることに気づきます。アドベンチャーゲームの例でいえば、壁に小さなひびを見つけて秘密のドアを開けたり、いつもの道具をまったく違う方法で使ったり、といったことです。

Zuzana Sochova. SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意メタスキル、学習、心理、リーダーシップ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.283-291). Kindle 版.

概要は(著者が記したWebサイトの日本語訳である)以下のページで確認することができます。

scrummasterway.com

スクラムマスター道は、「偉大なるスクラムマスター」へ至るための発達段階を3つのレベルで示した道筋です。

(余談ですが、私が認定スクラムマスター研修を受けた時*1に最後の演習が「偉大なるスクラムマスターになるには」だった事が印象に残っています)

いわく、

  1. レベル1: 「私のチーム」
    • 自身が直接扱う単体のチームについて、自己管理型のチーム状態を目指します
  2. レベル2: 「関係性」
    • チームが、その接する範囲にも「よい関わり方」を出来るようになることを目指します
  3. レベル3: 「システム全体」
    • 組織全体(例えば会社)において、アジャイルの価値・原則を達成できるようになることを目指します

というような段階です(原文は上記のサイトを参照してください)。

アジャイルマニフェストに「計画に従うことよりも変化への対応」とあるように、またスクラムを支えるアプローチに「漸進的」が挙げられているのと同様に、スクラムマスター自身がその仕事の定義やマインドセット、すなわち「価値を届ける先」についてインクリメンタルに適応してかないとね!!と個人的に感じました。

CHAPTER8から、印象的なセンテンスを引用します。

偉大なスクラムマスターは、まず第一にリーダーであることを忘れてはいけません。良いリーダーとして、自発的であり、周りの人々を成功させられなければなりません。人々に活躍してもらいましょう。人々を輝かせましょう。偉大なスクラムマスターは文化人類学者でもあります。他人に興味を持ち、彼らの習慣と働き方を尊重しなければなりません。遊び心を持ち、勇敢でなければなりません。

Zuzana Sochova. SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意メタスキル、学習、心理、リーダーシップ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.2218-2222). Kindle 版.

Implementing Change

スクラム(スクラムガイド)は、「どういう風にあるべき」という最終到達地点は示してくれますが、そこに至る発展過程において 「リーダーが何をするべきか」「どういう観察をするべきか、どんな罠があるか」は示してくれません。(もちろん、「プロセスよりも対話」を基調とすべきです。観察と適応が最大の武器ではあります)
本書において、 #スクラムマスター道 の道のりの中で「スクラムマスターとして、どんな壁にぶつかる事があるか?チームが何を感じるか?どう注意すべきか?」のヒントが提供されます。チェンジ・エージェントたるスクラムマスターとして、どういう事に対処すればいいのか?というヒントです。

Implementing Change(変化を実装する)は、CHAPTER6の章題です。
変化を促すための考え方がまとめられており、読みながら、「単なるヒントを得た」を超越して「しっかりと変わり続けていかなければならないのだ」と覚悟をもたらすような内容が散りばめられていました。

まとめ

決して「SCRUM BOOT CAMPの次に読むべき本」といったレベル感ではありませんが、早く出会うことには重要な価値がありそうな内容であり、また折に触れて何度も読み返す事でその度に発見がありそうな1冊だと思います。

スクラムマスターという役割(職能?)自体が、非常に複雑で流動的な期待値を背負い込むものであり、まさに「VUCA」に対処する必要があるポジションです。
そうすると、「不変なもの=コア」が重要になるはずで、この本はまさに「スクラムマスターの中核にあるべきもの」を扱った内容でした。
偉大なるスクラムマスターになりてぇ〜〜って思います!

*1:コレは後日、このアドベントカレンダー内でふりかえってみようと予定しています